『毎日新聞』2006年6月8日付

大学淘汰:/3 争奪戦 難関国立さえ危機感

 ■売り出せ「個性」・集めよ「学生」

 「入試問題は『こういう学生がほしい』というラブレターで、答案はそれに
対する返事だ」

 通信添削Z会(静岡県長泉町)幹部が心構えの説明もそこそこに、出題傾向
を鮮やかに分析してみせた。会議室は約100人の高校生や父母で埋まってい
る。わが子が来られず、ビデオで録画する母親もいる。

 演題は「広大入試に克つ!」。当の広島大(東広島市)が先月、大阪市北区
で開いた進学相談会のひとコマ。大学が高校生を集め、受験指導のプロを招い
て自らが出す入試問題の攻略法を指南させる−−。国立大では珍しい試みだ。

 大阪で相談会を開くのも、受験産業と連携するのも初めて。杉原敏彦・広島
大入学センター教授は「連携には『国立なのに大丈夫か』という声も学内にあっ
た。学生の出身エリアを広げていきたい」と、大阪という"巨大市場"へ打って
出た背景を語る。

 相談会には、立命館大(京都市北区)の入試広報課の職員が"偵察"に来てい
た。「私大の十八番(おはこ)を広大がやると聞き、気になって。休み(土曜)
返上です」

 九州大(福岡市東区)のエリート教育「21世紀プログラム課程」(21C
P、定員26人)が6年目に入った。

 選抜の段階から一般学部生と切り離され、センター試験も2次試験もない代
わりに厳しいAO入試を課される。合格すると全学部全科目の履修が許され、
特別のゼミや講義もある。

 あるゼミでは哲学者和辻哲郎の著作を教材に、教員と21CP生が激論を戦
わせていた。「風土の上に出る、とは?」「人間は風土を超越できるというこ
とだ」「超越と言うが、人間は風土を離れ生きていけるか」。手が次々に挙が
る。

 やっかみや摩擦がないわけではない。一般学部生と同じ授業料を納めながら、
21CP生には国の補助金1500万円と学長裁量経費800万円が投下され
る。「わずか1%の学生に注いだ金と労力の成果は?」。大学外部評価委員か
ら厳しく問われる場面もあった。

 九州大の学生全体の8割が九州出身。「他の旧帝大を相手に生き残りをかけ
て競争している」と武谷峻一・入試担当教授は言う。少子化に対応しなければ、
狭いエリアで完結するローカル大になりかねない。21CPは、関門海峡の向
こうから優秀な学生を呼び集める「目玉商品」だ。

 東京大(東京都文京区)が昨年初めて、全国各地で「大学説明会」の開催に
踏み切った時、大学関係者に驚きが広がった。日本の高等教育の頂点に立つ東
大には、黙っていても、各世代の最優秀の若者たちが全国各地から集まってく
る−−と考えられていた。

 今年度も開く。古田元夫副学長(入試担当)はこう語る。「大学の学生争奪
戦は全世界に及んでいる。私たちはハーバード(米国)やケンブリッジ(英国)
を意識している」

 日本を捨て、海外の大学に進む高校生が近年目立つようになってきた。「日
本で最も難しい試験をくぐり抜けた者の共同体」(古田氏)にも、グローバリ
ゼーションの荒波に沈みかねない危機感が漂う。【教育取材班】=つづく

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