日経ビジネスオンライン 2006年6月7日付

大学発ベンチャー、人材需給のミスマッチが明らかに

丸山正明

 独創的な新規事業で産業振興を図る大学発ベンチャー企業は、専門性の高い
製品・サービスを売る営業職に"ポスドク"(ポストドクター、博士号を持つ若
手の期限付き職員)程度に高度な知識を持つ専門職人材を求めている。その一
方で、ポスドクの多くは自分の専門分野の研究での苦労はいとわないが、他人
が作り出した研究成果を基にした事業には熱意がないことが明らかになった。
大学発ベンチャー企業を支えようという研究人材の志願者は多いが、事業をつ
くり出そうという営業人材が不足している人材ミスマッチが浮上した。

 この分析は、経済産業大臣の諮問機関である産業構造審議会産業技術分科会
内に設けられた産学連携推進小委員会(委員長=九州大学の梶山千里総長)が
2006年5月30日に開催した第3回小委員会における議論で明らかになったもの。

事業の推進役が不足している

 大学発ベンチャー企業が手がける製品・サービスは最先端技術の塊であるた
め、その特徴をクライアントに分かりやすく説明するには、博士号を持つ高度
専門職人材が求められる。科学技術体系の最新知識を一定レベル以上持ってい
るからだ。例えば、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、IT(情報技術)
などを融合したハイテク製品では、各分野の最先端知識をある程度理解してい
ないと、クライアントにその優秀性や将来性を説明できない。クライアントと
議論しながら製品仕様を決めていくとなると、技術とコストの兼ね合いを勘案
しながら、事実上、製品開発し事業をつくっていくことになる。いわば高度な
技術営業とも言うべき専門性と、事業にまとめ上げる統合性を兼ね備えた能力
が必要になる。

 これを裏づけるデータが、小委員会の事務局を務める経産省産業技術環境局
大学連携推進課が作成した「大学発ベンチャーに関する基礎調査」報告書の中
にある。大学発ベンチャー企業が欲しがっている人材のニーズとその獲得率を
アンケート調査(有効回答数は306社)したものだ。一番欲しい求人ニーズは研
究開発向けで、大学発ベンチャー企業の64%が募集し、その獲得率は54%とい
う調査結果となった。研究人材として今後欲しい人材は、複数回答ではあるが
博士課程修了者が56%、ポスドクが31%と、高度な専門職を欲しがっている傾
向が明らかになった。

 注目すべきは、求人人材の第2位が営業販売向けであることだ。53%と約半数
が求めている。しかしその獲得率は33%と、3分の1しか採用できていない。さ
らにマーケティング向けの求人が25%で、獲得率が28%とあまり獲得できてい
ない。この調査結果を営業・販売向け求人に加味すると、広義の営業人材が不
足し、事業の推進役が足りないことが明らかになった。

 高度な能力の営業職という専門職に、ポスドクは能力面では合致する。しか
し博士号を獲得した人の多くは"研究好き"である。研究職ならば大学発ベン
チャー企業であっても入社を希望する一方、営業職には関心を示さない。

プロデューサー型人材の育成がカギ

 その一方で、日本の大学院は毎年多数の博士課程修了者を輩出し、その就職
先の確保が大きな課題になっている。文部科学省が進めた大学院重点化施策な
どによって理学研究科・工学研究科系の博士課程の入学者と修了者は1990年に
約2300人と1600人だったのが、2005年には約5000人と4800人弱と、それぞれ2倍
弱と3倍に増えた(出典は文部科学省「学校基本調査」から)。この結果、就職
先の確保に苦慮している。

 経産省の資料には「学校基本調査」を加工したデータとして、博士課程修了
者の中で「無業者」と名づけた非定職者の比率が約45%に達したとのデータが
載っている。この「無業者」の定義を経産省と文部省に問い合わせたところ、
期限付き職員(期限は2〜3年間が一般的、契約定年まで勤められる正規職員で
はない)であるポスドクを含んでいるかどうかは確認できなかった。しかし、
数字を考えると、ポスドクは「無業者」に含まれていると推定する方が整合性
がある。ポスドクは任期付きであるため、定年まで勤められる正規職員になる
ことが当面の目標となる。

 乱暴な議論を承知で言えば、ポスドクの一部が大学発ベンチャー企業の高度
な営業職に就職すれば、求人と人材獲得実績のミスマッチをある程度解消でき
るという数合わせが成立する。ポスドクの一部に大学発ベンチャー企業の営業
人材への就職を勧めるには、事業を構築する仕事の面白さをどう伝えるかがカ
ギとなる。営業販売向けというよりは、事実上は新規市場をつくり出す事業を
創設する「プロデューサー型人材」の育成に解決の糸口が見える。