『毎日新聞』佐賀版 2006年6月3日付

新教育の森:さが 教育基本法改正・識者インタビュー/4止 /佐賀

 ◇理念で現実変わらず−−佐賀大文化教育学部教授・新富康央さん(57)

 今起きている教育の諸問題が、基本法を改正しないと変わらないのか、改正
したら変わるのか。本来、なぜ今の基本法ではいけないのかという議論から始
めるべきだが、それが見えない。

 いわゆる「愛国心」表記など、法案に書かれている文言自体は正論だ。問題
はなぜ今持ち出してきたのか。正論と言ったのは、当然のことであえて盛り込
む必要はないから。正義を行いなさいとわざわざ書くのはおかしいのと同じこ
と。

 多様化した価値観やまとまりを失った社会などが、いろいろなひずみを引き
起こしているのは確か。だが、元凶が基本法にあるという論調は、問題のすり
替えだ。その因果関係が伏せられている。まして(法の)理念や観念が現実を
動かすということはない。

 愛国心などの中身の是非は別にして、そういう理念や観念で世の中が動くと
いう幻想を与える方が、実は怖い。現実や現場の論理ではなく、建前や形式論
で「こうなっているはず」とか「こうあるべきだ」という論理が横行し、教育
は前に進まないだろう。

 例えば、学校評価は今、より具体的に学校教育を検証し、どう変わるべきか、
データを集めようという方向に進んでいる。だが、愛国心のように、どう評価
するのか分からない抽象的なものが入ってくると、せっかく具体的な方向に向
かっているのに、形式的な評価にまた戻ることになりかねない。

 法案にある「教育振興基本計画」は、改正法案のあり方を見る指標として、
注目している。教育の基盤整備にとどまればいいが、法案にある価値観や理念
に基づき、おそらく教育内容に踏み込んでくるだろう。

 私は「牧場の教育」と言っているが、教育は一定の柵(さく)を設け、その
中で自由にさせればいい。野放しの「放牧型」でも、一定の方向に絞る「手綱
型」でもいけない。現行の基本法は一定の柵の役割を果たしている。改正案は
手綱型にしようとしている。

 基本法は教育の「大きな枠」だ。今の基本法を変える必然性はない。逆に十
分に生かしていない。具体化するのは現場。今の基本法の中でやるべきことは
山積している。(おわり)

……………………………………………………………………………………………

 ◇新富康央さん
 広島大教育学部・同大学院を経て78年、佐賀大講師に。92年から教育学
部(現・文化教育学部)教授。現場の視点や実態に即した臨床教育学を研究し
ている。県学校評価検討委員会と県学力向上推進協議会の委員も務めている。