『信濃毎日新聞』社説 2006年6月2日付

社説=教育基本法 改正案は廃案にせよ


 政府・与党が国会の会期延長をしない方針を固め、今国会での教育基本法改
正案成立を断念した。政府案、民主党案ともに納得しがたい内容だ。政府は改
正案を廃案とした上で、教育をめぐる問題や基本法改正の是非について、じっ
くり国民の声に耳を傾けてもらいたい。

 焦点の「愛国心」をめぐっては、「我が国と郷土を愛する態度を養う」とい
う政府案に対し、民主党は「日本を愛する心を涵養(かんよう)する」との案
を示した。

 内心に踏み込んだ教育目標を法で規定することに、もともと無理がある。加
えて、国会審議で「評価」をめぐる危うさが浮き彫りになった。

 衆院教育基本法特別委員会で、小泉純一郎首相は「(通知表に)愛国心があ
るかどうかの項目は必要ない」と、愛国心そのものの評価は否定している。

 小坂憲次文部科学相は、子どもの内心に立ち入った評価はしない、としたも
のの「ふるさとの歴史などについて意欲的に調べ、関心を持とうとする態度を
総合的に評価する」と、前向きな姿勢を見せた。さらに、改正案で教育の目標
として明記した「伝統と文化の尊重」「国際社会の平和と発展に寄与」などと
一体として評価する考えを示している。

 「愛国心」の評価はすでに一部で始まっている。

 現行の学習指導要領は、小学6年社会科の目標の1つに「国を愛する心情を
育てるようにする」とうたう。これを受けて、福岡市で2002年度に「愛国
心」を含む評価項目を6年生の通知表に入れたが、市民団体の反発で削除され
た。埼玉県内の公立小学校などではいまも、「愛国心」の評価が行われている。

 同県行田市の小学校で使われている評価項目は「わが国の歴史と政治及び国
際社会での日本の役割に関心を持って意欲的に調べ、自国を愛し、世界の平和
を願う自覚を持とうとする」とある。3段階で評価するようになっている。

 前半の「…意欲的に調べ」までの評価なら理解できる。後半の「自国を愛す
る」自覚はどう判断するのだろうか。評価される側はたまったものではない。

 法に「愛国心」を盛り込むことで評価が広がれば、教師や子どもたちの内面
や行動を縛る危険性が増す。それは、国旗国歌法の審議で「掲揚、斉唱を強制
しない」との答弁が繰り返されながら、現場の締め付けが続いていることでも
明らかだ。

 教育が多くの問題を抱えていることは事実でも、基本法を変えることでいい
方向に向かうとは考えにくい。改正の必要性は認められない。