教育基本法案の廃案を求める声明

                            2006年5月27日
                         日本教育法学会 会長
                       伊藤 進(明治大学名誉教授・
                       駿河台大学法科大学院教授)

 政府は、今国会に教育基本法案を提出した。本法案は、現行教育基本法を全
面改正することにより、実質的に現行法を廃棄し、これとは全く異質な新法に
置き換えるものとなっている。そこには、以下のように看過することのできな
い重大な問題点が含まれている。

 第1に、国民一人ひとりの自主的・自律的な人格形成の営みを保障している現
行法を、国家による教育の権力的統制を正当化する法へと転換させている点で
ある。教育の自主性を保障する現行10条1項を、「教育は、…この法律及び他の
法律に定めるところにより行われるべきもの」と変えた法案16条1項には、法律
の力によって教育を統制しようとする志向が明瞭にあらわれている。

 第2に、「愛国心」や「公共心」をはじめとする多くの徳目を「教育の目標」
(法案2条)として掲げ、「態度を養う」という文言を介して、道徳規範を強制
的に内面化させる仕組みを導入したことである。法案2条の主要部分は告示にす
ぎない学習指導要領の「道徳」の部分を法律規定に“格上げ”することにより、
道徳律に強制力を与えるものであるが、これは思想及び良心の自由を保障する
憲法19条に明らかに抵触する。

 第3に、教育に関する「総合的な」施策の策定・実施権限を国に与え(法案
16条2項)、政府に「教育振興基本計画」の策定権限を与えることにより(法案
17条)、国が教育内容の国家基準を設定し、その達成度の評価とそれに基づく
財政配分を通して、教育内容を統制する仕組みを盛り込んだ点である。この仕
組みにより、すでに進行している競争主義的な格差容認の教育「改革」がます
ます加速することになる。

 今回の法案は、国民的な議論を経ることなく、密室で作成された。提案に際
して、現行法を改正しなければならないことの説得的な理由は何ら示されてい
ない。憲法と一体のものとして教育のあるべき姿を定めた《教育の憲法》を改
変するには、あまりにもずさんな手続といわなければならない。

 政府案に対して提出された民主党の「日本国教育基本法案」は、政府案と同
様の問題点を含んでおり、また法案として一貫性・体系性を欠いている。

 日本教育法学会は、1970年の学会創設以来、教育の自由を研究の主軸に据え
てきた。また、教育基本法改正問題が現実の政治日程にのぼってきた2001年以
降は、特別の研究組織を設けてこの問題に取り組んできた。この研究の成果を
踏まえ、本学会会長として、内容的にも手続的にも多くの問題をはらむ政府法
案はもとより、民主党対案についても、その速やかな廃案を強く求めるもので
ある。