『毎日新聞』佐賀版 2006年5月30日付

新教育の森:さが 教育基本法改正・識者インタビュー/1 /佐賀


 「教育の憲法」と言われる教育基本法。1947年の制定以来初の改正法案
が国会で審議されている。法案では「我が国と郷土を愛する」といういわゆる
「愛国心」の表記のほか、義務教育年数9年を削除し、新しく家庭教育の責任
などを盛り込んだ。単なる加筆・修正ではなく、改正の内容は学習指導要領や
教育関連法に大きな影響を与える。一方、改正自体が必要なのか、それによっ
て今の教育がどう変わるのか、議論が深まったとは言えない。法案をどう見る
か、県内の4人の識者に話を聴いた。(構成・姜弘修)

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 ◇拙速に変える必要なし−−佐賀大経済学部教授・畑山敏夫さん(53)

 現行法を変えないといけない必然性が分からない。改正の方向性にも疑問が
ある。法案では、いわゆる愛国心教育の条項や、能力主義につながると危惧
(きぐ)されている点、そして「公共の精神」が強調されている点に注目して
いる。

 愛国心という国民の心に働きかける条項を作るのは問題だ。結局、心は態度
で示すしかない。法律で「国を愛する態度」を掲げると、学校現場でどう教え、
どう育っているか、成果を調べるようになる。つまり、具体的な愛国心の証明
が求められていく。国は愛するものであって、この条項は、愛させるものだ。

 愛すべき対象の国を作れば、自然と自分の国に誇りと愛着を持つ。童話の
「北風と太陽」で言えば、太陽でいかないといけない。改正する側が法案の段
階で(「内心は評価しない」など)慎重なことを言っても、後々に解釈や運用
が変わる恐れがあるものは、初めから作らない方がいい。

 また、法案は教育の機会均等を残しつつも、あえて、教育の目標に「個人の
価値を尊重して、その能力を伸ばし」と記している。この条項が出来る子は伸
ばし、出来ない子にはそこそこの教育を施すという、エリート選抜的な教育や
学力競争を助長しないか。うがった見方と思うかもしれないが、今の学校現場
からすると、能力と言えばやはり学力。十分に危惧されることだと思う。

 「公共の精神」は確かに大切だが、個人主義の否定につながらないか気にな
る。個人より家族や地域、国家など、個人を超えた集団に価値を置く社会観を
子供に植え付けることにならないか。利己的な若者が増えたと言われている中
で、現行法にない「公共の精神」があえて盛り込まれた。戦後やっと実現した
個人主義が利己主義とされ、なおざりにされていく危険性はある。

 現行法を拙速に変える必要はない。それより学校現場を具体的にどうするか、
という議論にエネルギーと時間を費やす方がいい。今のゆとりや希望のない学
校教育の現場から子供たちをどう救い出すか、親や教師、そして政治家も、もっ
と努力すべきだ。法律を変えれば教育が良くなるというのは幻想だ。(つづく)

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 ◇佐賀大経済学部教授・畑山敏夫さん(53)
 大阪市立大法学部・同大学院を経て85年、講師として佐賀大経済学部に赴
任。96年から同学部教授。現代フランス政治を通じ、ナショナリズムや選挙
について研究。「市民オンブズマン連絡会議・佐賀」の共同代表も務める。