『西日本新聞』社説 2006年5月21日付

即戦力の人材を育てたい 産学連携


 大学の授業は理論偏重で、実務につながる力量を備えた人材を育てようとし
ていないのではないか。

 大卒者を採用する企業の間には、そんな批判が少なくない。とりわけ、新技
術の開発が急テンポで進む情報技術(IT)関連企業や自動車関連業界などで
は、新卒者に対して1から実践研修を実施しているところが大半だ。

 そうした状況が続けば、激しい国際競争が繰り広げられているIT関連や半
導体産業などで日本が後れを取ってしまう恐れもある。

 危機感を抱いた日本経団連は九州大、筑波大など全国の九大学と連携し、企
業で即戦力となる人材の育成に乗り出すことになった。

 当面はIT関連業界で不足しているソフトウエア技術者を育成するため、2
007年度に大学側が大学院に技術者育成の専攻コースを開設し、日本IBM、
富士通など日本経団連所属のIT関連14社が講師を派遣するという。

 この動きは経済界の主導で大学側に改革を求める産学の連携だが、なかには
大学側が主導権を握って実践的な技術者教育に乗り出したところもある。

 九州工業大情報工学部(福岡県飯塚市)は6月から地元企業の社内教育のノ
ウハウを導入し、ソフトウエア開発の実務に直結した講義をスタートさせる。
夏休みを利用して、グループでソフトウエア開発に取り組むワークショップや、
地元企業へのインターンシップ(就業体験)なども実施する予定だ。

 早稲田大も03年に設置した「ひびきのキャンパス」(北九州市若松区)を
拠点に、本年度から自動車産業を中心としたモノづくりの中核を担う人材育成
事業を始めた。トヨタ自動車九州(福岡県宮若市)などと連携し、特別講座で
地場企業の技術者らに効率的なモノづくりや品質向上などの技術を伝授すると
いう。

 一方、鹿児島大は本年度、焼酎文化の継承や高度な知識、技術を持つ人材の
育成を掲げて「焼酎学講座」を開設した。地元の鹿児島県や県酒造組合連合会
と連携して、技術開発などを通して研究者を育てたり、世界ブランドの焼酎づ
くりを目指す方針だ。

 こうした産学連携の動きに対して、大学関係者の間からは「地道な基礎研究
が軽視され、伝統的な研究重視の体制が切り崩されかねない」「専門学校と大
学の機能が混同される恐れがある」といった批判の声も聞かれる。

 確かに、大学の本来の使命は将来の変化に対応できる資質能力の育成であり、
「未知の知」を生み出す地道な研究である。だが、社会の要請に応えて事業化
に結び付く研究開発や即戦力の人材育成に努めるのも、大学の大切な役割だろ
う。

 地域社会の中で、どう大学の信頼を高めていくか。その視点に立って「大学
の評価」を高める努力をしてほしい。