『朝日新聞』2006年5月20日付

私の視点 ウイークエンド
◆地域文化 合併で史料が埋没の恐れ
今西 藤美 主婦

 人口8千人弱の日本海側の町、京都府与謝郡(旧)加悦(かや)町は3月1
日、近隣2町と合併して人口2万5千人余りの与謝野町となった。過疎と高齢
化に悩む町の選択としては、やむを得ないものであったと思う。

 しかし、加悦町の町史編纂室でアルバイトをしていた者としては、3年前偶
然見つかった町の歴史資料保存について、いささか危惧の念も抱いている。

 地域の伝統産業である丹後ちりめんは、18世紀前半この地に伝わり、以来、
基本的な製造過程がほとんど変わらない大変貴重な産業である。自治体史編纂
に伴う町内の古文書調査により収集された史料は、丹後ちりめんにまつわる歴
史資料の宝庫であり、その数は数万点にも及ぶ。

 これらの史料は所蔵者が先祖代々大切に保管してきたもののほか、空き家に
なっているかつての大型商家から偶然発見される場合もある。町内の京都府指
定文化財である旧尾藤家住宅の史料は後者であり、素人ながら参加したこの調
査は驚きと感動の連続であった。

 旧尾藤家住宅は、国の重要伝統的建造物群に選定された「ちりめん街道」に
あり、膨大な史料は所有者により寄付された建物の保存改修工事に伴い発見さ
れた。写真、帳簿、書簡、日記、図面など、段ボール箱計200箱にもなり、
史料は明治維新後のちりめん産業を軸とした一地方のブルジョワ家庭の詳細な
記録が一日単位でだどれるほどの緻密さであった。

 本来ならこれらの史料は大学などの研究機関に委託したり、町が協同して調
査活用したりすべきなのに、「平成の大合併」に伴う緊縮財政の中、調査費や
保存管理費の優先順位は低く、貴重な史料は空調設備すらない倉庫に箱積みに
されたままなのだ。「経済」だけを優先する時代風潮に流され、本当に価値あ
るものが評価されずに消えていってしまっていいのだろうか。

 日本中どこへ行っても似たような都市風景が広がる時代に、失われつつある
日本らしさや郷土愛をこれらの文化財から育むことは決して無駄なことではな
い。この町で生まれ育った子供たちに町の歴史を伝え、ふるさとを愛する心を
育てるのに、歴史資料は十分活用できるはずだ。

 町が消え、そのうえ歴史までも失われてしまう。歴史遺産や史料の、より充
実した保存管理態勢を願ってやまない。