『日本海新聞』2006年5月18日付

教育基本法を考える −改正案審議スタート

(上)教育の機会均等を論点に

 教育基本法改正案の国会審議が始まった。一九四七年の制定以来、約六十年
ぶりに全面改正した内容だ。新日本海新聞社が本社モニター百人を対象に先月
行ったアンケート調査によると、「慎重に論議すべき」「改正すべきでない」
が合わせて65%を占め、県民の多くが早期改正を望んでいない現状が浮き彫り
になった。なぜ今改正か、日本の教育は本当に良くなるのか−。鳥取県内の学
識経験者や保護者、教育行政の関係者に教育基本法改正について聞いた。

鳥取大学地域学部・渡部昭男教授

 鳥取大学地域学部の渡部昭男教授(51)=教育行政学=は、国民や教育関係者
の声を踏まえた議論がなく、政治主導で拙速に改正案が作られたことに問題を
感じている。「愛国心」をめぐる表現に注目が集まりがちだが、重要なポイン
トは「教育の機会均等」(第三条)と強調。「広がる経済的格差への対応が
『大きな論点』となるべきで、国が真っ先に果たすべき責務だ」と訴える。

人権先進県

 与党自らが改正案を「ガラス細工の法案」としていることに危機感を覚える。
「改正論議は高松塚やキトラ古墳の修復工事に似ている。リメークしたつもり
が、英知を集めた慎重な対応を怠ったため、カビを広げて壁画を台無しにする
恐れが強い」と指摘する。

 平和主義や民主主義、自由主義という普遍的な理念を基盤としている現行法
を「文化的価値が高く、その先進性ゆえに、ようやく真価を発揮する環境にな
りつつある」と評価。その上で「鳥取県弁護士会がいち早く反対声明を出した
ように、拙速な改正で逆に人権が侵害される事態が一番怖い。人権先進県の鳥
取から全国に発信した意義は大きい」と強調する。

経済格差への対応

 一方、格差社会が大きな問題となっている今だからこそ、「教育の機会均等」
の議論を深め、実現させることが大切と主張。「改正論議以前に問題は山積み。
国の無策により、経済的な進学格差や教育格差は広がるばかりだ」と、特に経
済格差への対応が今後は不可欠と考える。

 現行法では、経済的地位による差別の禁止を定めており、「憲法にもない画
期的な内容」。しかし、国内では現在、高校入学から大学卒業までに一人当た
り一千万円かかるといわれ、そんな中、奨学の対象は困窮者全員ではなく、法
律で「能力がある者」に限定されている。

 「敗戦直後ならいざしらず、六十年経った今も『能力がある者』を残してい
るのには失望させられる。今日にふさわしく『必要に応じて』と変えるべきだ」
と指摘する。

国連から勧告

 さらに、一九七九年の国際人権規約の批准に際し、日本はルワンダ、マダガ
スカルとともに、高校・大学の『無償教育の漸進的導入』の項目を留保した数
少ない国だ。このため、国連から「留保の撤回」を求める勧告を受け、今年六
月末までに返答が求められている。

 「回答期限が間近に迫っているのに、議論が全くない。今の国会でまずなす
べきことではないか。与党や野党、マスコミさえも無関心と言わざるを得ない」

 改正する前に取り組むべき課題は多いとみる。「教育現場や自治体の試み、
努力を、国の施策に反映させる必要がある。慎重な議論はもちろん、国民的な
論議と合意形成を求めたい」と願う。

教育基本法第3条(教育の機会均等)
 条文では「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を
与えられなければならない」「国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわ
らず、経済的理由によって就学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければ
ならない」とうたっている。この条文について中央教育審議会は、改正を見合
わせ、奨学の規定を変更しないことが適当と答申した。