『信濃毎日新聞』社説 2006年5月17日付

社説=教育基本法 改正論議の行方が心配だ


 政府が提出した教育基本法改正案が衆院本会議で審議入りした。民主党が対
抗して準備中の改正案も含め、内容には問題が多い。国民の意向を幅広く踏ま
えた論議が欠かせないテーマである。今国会で成立を急ぐのは避けるべきだ。

 愛国心が改正の主な論点になっている。「伝統と文化を尊重し、それらをは
ぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和
と発展に寄与する態度を養う」。政府案にはこんな表現で盛り込まれている。

 なぜ今、愛国心をうたう必要があるのか、政府から納得のいく説明はない。
日の丸・君が代をめぐるトラブルが学校で続いている実情を考えると、現場に
新たな摩擦が持ち込まれないか、懸念が募る。

 民主党案はある面で、政府案以上に問題が多い。「日本を愛する心を涵養
(かんよう)し」と、政府案も踏み込めなかった愛国「心」をずばり、前文で
うたっている。

 現行法は教育行政について、「不当な支配に服することなく、国民全体に対
し直接に責任を負って行われる」と定めている。軍国主義的な考えで教育がゆ
がめられた過去への反省に立った規定である。

 民主党案はここを「民主的な運営を旨として行われなければならない」と言
い換えている。基本法の根幹に触れる修正だ。

 民主党案にはほかに「公共の精神」「自由と責任」など、保守的な意味合い
もある文言がちりばめられている。現行法にはない家庭教育の項目も、新しく
設ける。

 教育の目標を定めた第一条からは、「個人の価値をたつとび」「自主的精神
に充ちた」など、個人の自立を重視する現行法の表現が消えている。政府案と
同様に、あるいは政府案以上に、現行法の理念から隔たった改正案といえる。

 教育基本法は憲法とセットで、戦後日本の平和の歩みを方向づけてきた。今
の教育が学校の荒廃など問題を抱えているのは事実としても、解決の道は、
「人格の完成」を教育の目的に掲げる現行法の理念を踏まえ直して開くほかな
い。

 政府案、民主党案を見ると、自民・公明両党と民主党に任せたのでは、改正
論議が間違った方向に進む心配が否定しきれない。特に民主党案は、党内の総
意をどこまで踏まえているかの疑問も残る。

 国会の会期はあと1カ月ほどしかない。論じなければならないテーマは米軍
再編、社会保険庁改革、「共謀罪」問題など山ほどある。

 これら懸案を差し置いて、基本法に手を加える必要は認められない。