『西日本新聞』社説 2006年5月13日付

「政争の具」にはするな 教育基本法審議


 政府が閣議決定した教育基本法の改正案を審議する衆院の特別委員会が設置
された。与党は今国会での成立を目指すという。

 通常国会の会期末は6月18日だ。残り1カ月余りで、この重要法案の審議
を尽くすのは事実上不可能であり、もし、今国会成立に固執するのであれば、
会期の大幅な延長は避けられそうにない。

 与党幹部が公然と会期延長論を唱えるのはこのためだ。だが、小泉純一郎首
相は「今の会期内で成立するように与野党でよく協議してほしい」と述べ、会
期の延長に否定的な姿勢を崩していない。

 この状況で徹底審議は果たして可能なのか。まず疑問に感じざるを得ない。

 「教育の憲法」と呼ばれ、戦後教育の根幹をなしてきた法律の全面的な改正
論議である。国民の理解を深めて合意形成を進めるためにも、徹底的な国会論
戦が求められるのは言うまでもない。

 その一方で、本質的な教育論議を置き去りにしたまま、この重要法案の取り
扱いを国会の会期延長や、それに絡むとされる自民党総裁選の駆け引き材料に
利用するようなことも絶対に慎むべきだ。

 教育基本法の改正は自民党にとって「結党以来の悲願」(安倍晋三官房長官)
である。同党は森喜朗前首相や海部俊樹元首相ら歴代の文相経験者を衆院特別
委の委員に送り込んだ。

 文部科学省も小坂憲次文科相を本部長とする教育基本法改正推進本部を設置
した。特定の法案のために省庁が推進本部をつくるのは極めて異例である。政
府・与党がともに「背水の陣」で成立を期す意欲の表れなのであろう。

 これに対し、同法の改正をめぐる首相の言動は妙に素っ気ない。改正案の焦
点だった「愛国心」の表記をめぐって自民、公明両党が激しいつばぜり合いを
演じている最中も「与党の調整に任せていますから」と繰り返し、自ら指導力
を発揮する場面はなかった。昨年の今ごろ、首相が郵政民営化法案の成立へ見
せた執念とは、まさに雲泥の差である。

 巨大与党の勢力と、なお高止まりする内閣支持率を背景に「大願が成就する
絶好の機会」と意気込む自民党文教族および文科省に対し、後ろ向きとまでは
言わないが、なぜか淡泊な首相。この落差も国民には解せないところだ。

 「なぜ今、教育基本法を改正するのか」「改正されれば、わが国の教育はど
う変わるのか」。国民が聞きたいことは山ほどある。与野党は党利党略を排し
て真正面から教育論争を繰り広げるべきだ。

 来週の審議入りに向けて民主党も対案の検討を始めた。小沢一郎代表は「言
葉だけで愛国心を字面に並べても本当の意味で国を愛する気持ちが起こるもの
ではない」と指摘している。

 ここは民主党も正念場だ。改正を急ぐ与党との対立軸を明確に示し、野党第
一党の存在感を発揮してもらいたい。