『北海道新聞』社説 2006年5月7日付

教育基本法*拙速審議は禍根を残す


 政府は、教育基本法の改正案を国会に提出した。与党は大型連休明けに、衆
院に特別委員会を設け、今国会での成立を目指す方針だと言う。

 基本法は「教育の憲法」と言われ、戦後教育の根幹をなしてきた。一九四七
年の制定以来およそ六十年ぶりの改正は、教育のあり方に大きな転機をもたら
すだろう。だというのに、会期が残り少なくなった、この時期にあえて提出し
たことに、疑問を感じる。

 しかも、改正案は「愛国心」や「公共の精神」を盛り込み、国の規制も強め
て、現行基本法や憲法の理念を骨抜きにしかねないものだ。賛否も、大きく分
かれている。

 教育は、社会の将来を左右する重要な事柄だ。国民的な議論も経ずに、変え
ていいはずがない。与野党は、国民の意見を十分に聞き、改正の是非を含めて
徹底的に議論する必要がある。

 国民も無関心でいられない。審議の行方を注意深く見守っていきたい。

 現行の基本法は、前文と十一条からなっている。改正案は、前文を変更する
とともに、新たに「教育の目標」や「家庭教育」「教育振興基本計画」などを
加えて十八条にした。

 全体を通じて言えるのは、現行法が高く掲げている「個人の尊厳」の理念を
極力薄めようとする意図が、見え隠れしていることである。

 前文に「個人の尊厳」の文言を残したとはいえ、新たに「公共の精神を尊び」
や「伝統を継承し」といった表現を登場させた。

 第一条からは「個人の価値」や「自主的精神」の文言が消えている。個人主
義と利己主義を同一視して批判する勢力に、後押しされたものだろう。

 国の規制を強める意図も見える。

 「愛国心」は、与党案のまま「我が国と郷土を愛する」との表現で盛り込ま
れた。条文化することで、国が心の領域にまで踏み込み、強制する法的根拠を
与えてしまう恐れがある。

 愛国心だけでない。現行法は、教育は「国民全体に対し直接に責任を負って
行われるべきもの」としているのに、改正案は「この法律及び他の法律の定め
るところにより行われるべきもの」として国の関与を明確にした。

 まだある。保護者が子どもの教育に第一義的責任があることを盛ったほか、
学校や家庭、地域住民が相互の連携や協力に努めることも条文化した。これで
は、国が家庭や地域に介入する口実にされかねない。

 改正案は、さまざまな問題をはらんでいる。改正によって教育はどう変わる
のか、愛国心はどう教え、達成度の評価までするのか。政府は、疑問や不安に、
丁寧に答える責任がある。

 与党も、昨年の衆院選大勝に乗じて押し切るようなことがあってはならない。
拙速審議は将来に禍根を残そう。