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『東京新聞』特報 2006年4月23日付

霞が関の課長以上 交流人事の舞台裏


 中央省庁の課長級から都道府県幹部への出向が六年連続で減少している。背
景には、知事らトップの意向で国からの出向を抑制している面もあるが、逆に
地方から国の室長以上への出向職員はわずか二十人にすぎない。地方分権が叫
ばれる中、補助金を媒介に、長年慣行として続いてきた国からの“押しつけ”
人事に変化の兆しはあるのか。国と地方との交流人事の舞台裏を探った。
(吉原康和)

■6年で125人減も出向総数は同じ

 総務省によると、中央省庁から都道府県の課長以上に出向している本省の課
長級以上は、昨年八月時点で五百三十二人。調査を始めた六年前に比べ百二十
五人減で、六年連続で減少している。だが、本省の課長補佐以下や国の出先機
関の職員を含めた地方への出向職員総数は千六百十三人で、六年前とほとんど
変わっていない。

 「これはね、国と地方の交流人事といいながら、中央省庁を頂点とする従来
のピラミッド型の『垂直依存』の弊害ですよ」

 長野県の田中康夫知事は県庁一階のガラス張りの知事室で、こう指摘した上
で、「対等の関係で、国の職員も地方の現場を知る『水平補完』ならばいい。
改革の現場は地方だ。縦割り行政を変えなきゃ」と話す。

 田中知事が就任する以前の二〇〇〇年四月時点で、中央省庁から同県に出向
していた職員は土木部長など九人いたが、現在は国土交通省出身の参事兼砂防
チームリーダー(課長級)、農林水産省出身の信州の木利用推進チーム技術幹
(同)の二人だけ。二人とも技術職で、行政運営の中枢部門に中央省庁出身の
職員はいない。総務省出身者も〇四年四月に同省に復帰し、四十七都道府県で
唯一、同省出身の出向者がいない自治体となった。

 総務省に復帰したキャリア官僚は、同県市町村課長だった〇三年十一月、田
中知事から、先進的な福祉運営で知られる同県栄村と泰阜(やすおか)村への
研修派遣を命じられて話題となった。

 田中知事は「研修というより修業の場で、現場で村職員と一緒に問題解決に
取り組んでもらうことだった」と振り返るが、以来、総務省から同県への出向
はない。「日本には四十六都道府県しかない」。同省内にはそんな陰口もささ
やかれたというが、田中知事は「地方にきちゃいかんということじゃなくて、
受け入れる側の意識が重要なんだよ。放任と自律とでは全然違う」と言い切る。

■主体性を持って要求しなくては

 旧自治省出身で、鳥取県の片山善博知事は「国からの出向職員については、
本省の都合ではなく、地方が主体性を持って『こういう人がほしい』と言わな
ければならない」と指摘。その上で、「不向きな人は、派遣先の省庁側に通告
の上、返品している。送る側も品質管理をちゃんとやってもらわなければなら
ないが、(地方に対し)中央政府の出先感覚が抜けない方は返品対象だ」と断
言する。

 同県の場合も、中央省庁から同県の課長級以上で出向している職員は十人で、
七年前に比べ四人減った。

 片山知事は「それほど大きな変化ではないが、やはり受け入れる側の意識の
問題。(国からきた人は)きちんとミッションを与えれば、よく仕事をする。
地方の現場でいい仕事をして、その経験を国政に反映すればいい」と話す。

■財源移譲進めば霞が関から余剰

 厚生省課長から宮城県知事に転身した浅野史郎・前知事は「私が知事になっ
たとき、副知事をはじめ主要ポストは中央省庁からの出向組に占められていた
が、在職中に部長級はゼロにした」としながらも、「国と地方でお互いを知る
ということは必要。真の意味で地方への財源移譲が進めば、霞が関は大量の余
剰人員、失業者を抱える。その人材を地方が活用すればいい」と主張する。

 しかし、中央省庁からの出向職員の総数に変化はなく、幹部級の受け入れを
削減している自治体ばかりではない。逆に増加したり、特定省庁からの特定ポ
ストへの派遣が固定化している実態も少なくない。

 茨城県の場合、中央省庁から同県の部長級への出向者は現在六人で、旧建設
省出身の知事がゼネコン汚職事件で逮捕される前年の十五年前と変わっていな
い。現在、七つの部長ポストのうち四ポストは中央省庁出身者が占める。この
十五年間で土木部長を務めた歴代八人のうち六人、同じく企画部長八人のうち
五人は旧建設省からの出向だった。

 一方、地方へ出向させる中央省庁の職員総数も、総務省や国交省のように年々
増加傾向の省庁もある。

 国と地方との交流人事については、一九九八年五月の閣議決定で「相互・対
等交流の促進を原則」とうたっているが、閣議決定の趣旨とはほど遠い現状だ。

 各省庁も昨年八月現在で、地方から千七百人以上の職員を受け入れているが、
室長以上の出向職員は総務、文部科学、国交の三省で計二十人だけだ。

 総務省は「十年ぐらい前までは国と地方が主従関係に近かったのは事実だ。
これを対等の関係に変え、国からの特定ポストへの押しつけなどの弊害を排除
していこうというのが閣議決定の趣旨。出向ポストや総数だけでは論じられな
い」(人事・恩給局)と話す。

 だが、片山知事は「(幹部への出向実態は)極めて片務的(片方だけに義務
を負わせるもの)で平等ではない」と指摘する。国からの出向では、総務部長
なら旧自治省、土木部長ならば、旧建設省という具合だ。

 こうした弊害がはびこる要因について、千葉大法経学部の新藤宗幸教授(行
政学)は「地方に出向するキャリア官僚の本籍は各省庁の大臣官房にあるが、
身分は国家公務員を退職して地方公務員になるため、省庁の定数枠から外れる
という矛盾を抱えている。つまり、本籍地と現住所が違うのが一番の問題だ」
と指摘。地方自治体との関係についても「交流人事といいながら、キャリア官
僚は課長以上の特定ポストに出向するケースが多いが、地方から中央省庁への
出向職員のポストは等価交換ではない。地方分権の時代というのであれば、ポ
ストも等価交換にすべきだ」と主張する。

 同志社大学法学部の市川喜崇教授(地方自治)は、交流人事について「国か
らすれば出向職員を減らすメリットはない。むしろ、地方で国の政策を実施し
ているわけだから、地方を知ることは不可欠。一方、地方にとっては中央との
パイプ、補助金の獲得、大胆な政策の実現などもあろう」と指摘。問題点にも
言及し、こう提言する。

 「地方では、これまでの出向ポストを安易に継続している場合もあろうが、
この場合、デメリットは地元の生え抜き組の士気の低下だ。とりわけ、同一ポ
ストの長期独占は自治体側の人材が育たなくなる恐れもあり、直ちに廃止すべ
きだ」

<デスクメモ>

 「合併しない宣言」で知られる福島県矢祭町の試みは、「地方自治は民主主
義の学校」、そのものだ。厳しい財政の中で、議員定数を削減し、役場管理職
の給与カット、一方で住民サービス向上のための努力は並大抵ではない。地方
分権は掛け声だけで、「霞が関」という名の肥大化した組織は、やはり安泰?
(透)