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『朝日新聞』2006年3月20日付

らうんじ 大学 3
「面倒見」競い合う 就職

 ◆勉強より就職志向とらえある

 「何を勉強したいか」より「就職に有利か」。

 バブル経済が崩壊して就職難となって以降、受験生が自分の進む大学や学部
を、就職にからめて選ぶ傾向が強まっている。そんな志向をとらえて学生を集
めようと、各大学は「面倒見」を競い合うように就職支援を充実させている。

 卒業生の就職率が低迷していた千葉県浦安市の明海大学は04年、3年生の
希望者を対象に、企業への就職を目標とする「マイキャリアゼミ」を始めた。

 リクルートが授業計画を立て、就職相談などにあたるキャリアカウンセラー
の資格を持つ講師を派遣。自己分析や面接のポイントを紹介したり、自己アピー
ル力を付けるためのグループ討論や発表をさせたりする。

 最初の現4年生で成果が出た。卒業予定者のうち内定を得た人が、2月末で
大学全体で53%だったのに対し、ゼミ受講生は87%に達した。「講師との
密なやりとりで就職活動の不安が小さくなった」と、サービス会社の内定を得
た経済学部3年の神園理恵さん(22)はゼミの効果を話す。

 入試の難関大でも、就職支援は欠かせなくなった。02年度から本格的に始
めた京都大は、エントリーシートの書き方の指導から模擬面接、就職情報会社
の担当者による就職相談などを行う。

 「『京大生だから有名企業に入って当たり前』という心理的圧力があって失
敗する学生も多い。知名度より自分にあった職業を選ぶよう訴えている」と、
指導にあたる京大キャリアサポートセンターの清水克哉さんは話す。

 インターシップ(就業体験)を実施する大学も増えている。

 実際の現場を経験することで、学生にめざす職業が自分の能力や適性に合う
かどうかを真剣に考えさせ、スムーズに就職先を決めさせようというのだ。実
施校は96年度の104校(実施率18%)から04年度は418校(同59
%)に急増。1年間に3万9千人の学生が体験した。

 ◆大学と採用企業 意識にズレ

 各大学が就職支援に熱心になったのは、90年代後半だ。

 バブル崩壊後、リストラを進めた企業が、新卒採用の門戸を一斉に狭めた時
期と重なる。

 それから10年近く。日本私立学校振興・共催事業団の調査によると、05
年度には、全体の約3割にあたる160校の私大で定員割れを起こした。私大
の多くは収入の7〜8割を入学納付金に頼る。定員割れが何年も続けば、とた
んに経営は厳しくなる。支援策は、受験生らへの格好の宣伝材料になり、就職
率は大学の人気に跳ね返る。

 ところが、大学側のねらいと、企業側が求めている学生は必ずしも一致しな
い。

 たとえば、東京ガスで4年間採用担当を務める守屋泰宏さん(36)は「今
のところ学生に大きな変化は見られない。型どおりの支援策の弊害なのか、小
さくまとまって面白みに欠ける学生が増えた気がする」と話す。

 04年度の日本経団連の調査によると、多くの企業が、新入社員に「相手の
意見を聞いたうえで自分の意見を伝える力」を求めているものの、実際に入社
した人材にはその力が欠けていると感じているとの結果が出た。

 ◆生き方を考えさせる動きも

 大学の就職支援が活発になっても、大卒者の離職率は高いままだ。「超氷河
期」を乗り越えて就職した95年入社組以降、平均で、大卒者の約3分の1が
3年以内に離職している。

 厚生労働省の97年の調査では、30歳未満の若者が離職した理由は「仕事
が自分に合わない」がもっとも多く、2割を占めた。同省若年者雇用対策室の
担当者は「辞める理由の傾向は今も同じ。ただ、信じられないほど安易に辞め
るケースが増えている」と話す。

 多くの大学は現在、希望者を対象にキャリア教育を進めている。だが、本来
支援を必要とするのは、募集の誘いに乗ってこない学生たちだ。将来への関心
が低く、大学の支援策に見向きもしない学生ほど、フリーターやニートとなっ
たり、就職しても長続きしなかったりする傾向が強い。

 入学後、人文・社会科学などの幅広い知識を学び、教養をつけることが、い
ずれ専門や将来の就職、生き方に結びつくとの理想を掲げた時代も長く続いた。
だが、文部省(当時)は91年、こうした教養教育を「大綱化」にともない事
実上、廃止に導いた。

 最近始まった試みとして、入学直後からすべての学生に、就職以外の選択肢
を含め将来について考えさせる指導がある。

 03年にできた法政大キャリアデザイン学部も、そうした指導を実践してい
る。ここからは、起業する学生や、地域でフリーターの支援を始める学生も現
れた。

 地方、私立、単科と条件は不利でありながら、抜群の就職率で知られる金沢
工業大も、1年生から全員に自分の将来設計を立てさせて効果をあげている。

 こんな大学側の動きを、高校の進路指導の教諭らはどう見ているのだろう。
全国高校進路指導協議会事務局長を務める東京都立晴海総合高校の千葉吉裕教
諭はこう話す。

 「就職支援に熱心かどうかは、進路指導の参考にする。だが、面接技術など
の表面的な支援だけでは生徒は伸びない。学生に将来の生き方を真剣に考えさ
せるような教育に取り組む大学を勧めたい」

 ◆「志と心」「行動力」「知力」 キャリア教育より必要

日本経団連教育問題委員会企画部会長
三菱電機常任顧問 宇佐美聡氏

 資源が乏しい日本が、世界との競争を勝ち抜いていくには、人材を育ててい
くしかない。20世紀は、ある程度のレベルで均質な人材が社会に送り出され
ればよかった。しかし、これまで以上に世界的な競争にさらされる21世紀に
は、企業はもっと質の高い人材を求めている。

 産業界が今、若者に求めるのは三つの力だ。まずは、「志と心」だ。倫理観
や責任感とも言い換えられるが、社会の一員としての規範を整え、物事に使命
感を持って取り組むことができる力だ。

 また、実行力やコミュニケーション能力を含めた「行動力」を求めている。
英語が話せればよい、というのではなく、情報を集め調整して目標を達成でき
る力だ。三つ目が「知力」。基礎学力に加えて独創性も持ち、深く物事を考え
抜く力を付けてから社会に入ってきてほしい。

 入社してきた若者の多くも、こうした能力が欠けている。会員企業にアンケー
トを取ったところ、特にコミュニケーション能力についての評価が低かった。
こうした力を付けるには、小学校からの教育改革が必要だが、企業に入る直前
の大学が変わることの意義は大きい。そのためにいくつかの提案をしたい。

 まずは、授業の質の向上をめざしてほしい。既存の教員に刺激を与える意味
も含めて、特に国公立大は、もっと企業人や外国人の教員を増やしてはどうか。
経団連としても、積極的に人材を送り出すつもりだ。そのうえで成績評価を厳
しくし、社会人としての基礎となる知識をしっかり身につけさせてから卒業さ
せるべきだ。

 習熟度別授業も検討すべきだ。企業内の教育でも同じだが、一人一人の底辺
を上げると同時に、別建てで優秀な人材をさらに伸ばすことが大切だ。個々の
能力や個性に注目して、社会に出てから各界のリーダーとなりうる人材を育成
する役割も担ってほしい。

 また、教養教育の充実もすぐに取り組むべき課題だ。仕事の質を高めていく
ためには、専門以外の知識も必要だ。学生には自分の専門以外についても広く
学ぶことを求めたい。「工学系だから人文・社会科学はさっぱりわからない」
ということでは済まされない時代になっていることを認識してほしい。

 各大学が熱心に取り組むキャリア教育にも、ひとこと言いたい。「社会とは
こういうものだ」ということを教え、学習意欲を高めるようなキャリア教育は
必要だと思う。だが、よく見かけるのは、決まったマニュアル通りに行動する
ことを教えるようなもの。こんなまちがったキャリア教育なら、やらない方が
ましだ。企業が欲しいのは、きれいな受け答えができる人ではなく、自分の言
葉で自分の考えを伝えられる人材だ。

 文・増谷 文生  

 大学生の学力低下が指摘されてから10年近くになる。最終回のテーマは
「学力」。27日に掲載します。