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『朝日新聞』2006年3月20日付

学生にも起業家教育 大学発ベンチャー、低年齢化


 大学が、社会人や大学院生向けに開いてきた起業家養成講座の対象を、大学
生に広げる動きが出てきた。昨年1000社を超えた大学発ベンチャーのうち、
大学院生・大学生が起業した割合は約1割を占め、受講希望が多いからだ。成
功率は極めて低いうえ、ライブドア事件がここ数年のブームに冷や水を浴びせ
る懸念も出ているが、大学側は、学生の起業志向は簡単には冷めないと判断し
ているようだ。

 ●早大 定員倍増の講座も

 「ぜひ、ご検討いただけないでしょうか」

 19日、アルバイト情報サイトを運営するリブセンス(本社・東京都新宿区)
の村上太一社長(19)は自社のサイトに求人を出してくれるよう、大手スポー
ツ用品店の人事担当者に申し入れた。

 村上さんは早稲田大学政治経済学部の1年生。大和証券グループが寄付講座
として今年度始めた起業家養成講座の受講生の中で、初の起業家だ。

 講座では、楽天を事例にした実践的な教材による成功と失敗の分かれ目の解
説や、学生が自分で作った事業計画の発表があった。発表会の優秀者は、大和
グループでインターンシップを体験でき、早大の施設を事務所として1年間無
料で借りられる特典もある。

 村上さんは、この特典で2月8日に起業した。この1カ月余は休日返上で企
業の人事担当者に電話をかけ、資料を送ったり、会って詳細な説明をしたりす
る毎日だ。

 村上さんが受けた講座の定員は25人だったが、約200人の応募があり、
43人に増やした。06年度は80人に増やす。2日間の集中合宿も加え、取
得単位を今年度の倍の4単位とする。担当の並木秀男教授は「01年に政府が
大学発ベンチャー1000社の目標を掲げた。早稲田は100社を引き受ける
意気込みで取り組んできた」と話す。

 ●東大 プロが計画評価

 大和総研が全国の22大学に実施した調査によると、起業家教育講座は71
あり、そのうち4分の1は大学生が対象だ。ここ1、2年の新設が多く、06
年度も増えるという。

 立命館大学は、主に新2年生を対象に起業家養成コースを設けた。応募が予
想を上回り、当初予定の50〜80人の定員を115人に拡大。2年で15科
目ほどを履修させる。

 慶応義塾大学も今春、起業関連で企業の寄付講座を二つ追加する。実践的に
するため、起業家を講師に招く場合もある。

 「サークル活動なら構わないが、営利企業としてはどうか」「参入しやすい
ということは競争も激しい」

 2月16日、都内のオフィスビルでの東京大学工学部の起業家教育の今年度
最後の授業。二つのグループがそれぞれ作成した事業計画に、大手ベンチャー
キャピタルの投資担当者から厳しい指摘が飛んだ。

 講師は、製造業コンサルタントのネクステック(東証マザーズ上場)の山田
太郎社長。著名な起業家も招き、作成した事業計画を競争力や収益性、市場性
など8項目でプロが評価する。

 「本物志向を持ち込んだ。本で調べても答えはない」と山田社長。01年年
度に始まり、15人の定員に毎年100人程度の応募がある人気講座だ。

 ●低い成功率に開設見送りも

 しかし、検討した学生向け起業家講座の開設を見送る大学もある。ベンチャー
企業の成功率は極めて低く、危険性を十分に理解しない学生に起業を促すこと
は問題、との判断があったようだ。

 青山学院大学の港徹雄教授(産業組織論)によると、開業5年後の新規製造
業の生存率は49%。10年後は34%で3分の2が消滅した(00年時点の
調べ)。

 大学教授などが独自技術を生かして起業しても4割程度は赤字に苦しんでい
るのが実情だ。大学生は「技術がなくてもIT(情報技術)とアイデアを組み
合わせて起業しているケースが多い」(大学関係者)と冷めた見方もある。

 とはいえ、起業をめざす動きは活発だ。17日夕、東京都品川区のビルの一
室に200人を超す起業志望者らが集まった。起業を支援するNPO法人ET
ICの会合で、半数近くは学生だ。

 宮城治男代表理事は「大企業に入れば安定した生活が得られる時代は終わり、
価値観の変化が起きている。ライブドア事件を気にする学生はほとんどいない」
という。

 早大客員教授の鈴江栄二・大和総研新規産業調査本部長は「起業を通じて社
会の役に立ちたい、自分を表現して良い意味で社会に影響を与えたいという学
生が増えている。大学などの講座で初歩的なことを学ぶ意味は大きい」と話す。