新首都圏ネットワーク
  トップへ戻る 以前の記事は、こちらの更新記事履歴

『朝日新聞』2006年3月13日付

 らうんじ 大学 2

 広がる格差 資金求めて競争激化

 ◆「法人化」機に偏る企業提携

 大学間、あるいは同じ大学でも研究室間の格差がかつてないほど広がってい
る。きっかけは国立大の法人化。日々の教育・研究に使える国からの運営費交
付金が毎年1%ずつ減らされるようになり、国立大は外部資金を受け入れて経
営を安定させようと躍起だ。

 各大学がまず注目するのは、産学連携にともなって企業から提供される研究
費だ。しかし、規模や研究環境には開きがあり、どの大学、どの研究室でも簡
単に連携できるわけではない。

 04年度、国公私立の大学などが民間企業などと進めた共同研究の件数は約
1万1千件で、研究費の総額は264億円。このうち8割は、学生数で全体の
2割の国立大に集中している。

 文部科学省が世界最高水準の研究教育拠点をつくるという目的で設けた競争
的補助金「21世紀COEプログラム」をみると、格差はより顕著に浮かぶ。

 05年度は91校に総額約352億円が支払われたが、上位10校だけで2
15億円(61%)。東大43億円、京大34億円など旧帝大はすべて入った
が、私大は8位の慶應義塾大、10位の早稲田大だけだった。

 ◆苦戦する地方・文系・基礎研究

 東京都目黒区の東大生産技術研究所。荒川泰彦教授の研究室では、大手電機
メーカーなどとの産学連携でナノテクノロジー(超微細技術)関連の研究を進
めている。盗聴が不可能な通信への応用が期待される「量子暗号」などの研究
に取り組む。

 「設備、理論の両面で、大学との連携は不可欠」と話すのは、富士通から派
遣されている臼杵達哉特任教授。昨年7月からここで研究している。企業の研
究者との交流は、学生には刺激になる。修士2年の川野武志さんは「企業がい
ま何を目指しているのか、生の話を聞けてためになる」と話す。

 東大は04年度4月、法人化と同時に産学連携本部をつくった。研究情報を
公開し共同研究の相手を探し、東大関係者によるベンチャー起業の支援にも取
り組む。共同研究は年30%増え、05年度は1千件を超える見込みだ。04
年度に獲得した研究費は34億円にのぼる。

 京大も04年度の共同研究が378件、17億円。有機化学分野ではローム
やNTT など素材や製品のメーカー5社と包括提携を結び、新技術の開発をねら
う。各企業が5年間、年5千万円ずつ研究費を支出し、京大は設備を提供し研
究者90人を参加させる。

 産業界も、日本経団連が産学官連携推進部会をつくり、大学へ提言などをし
ている。味の素顧問の山野井昭雄部会長は「日本の産業界が従来の『追い上げ
型』から、『トップランナー型』に変わりつつある。最先端の研究成果を持つ
大学との連携が不可欠」と話す。

 いい話ばかりではない。

 東北地方のある国立大。旧帝大などとの研究設備の差は大きい。過疎化が進
む地域で連携相手を探すのも難しく、04年度に同大が共同研究で獲得した研
究費は5千万円余りだ。「大きな大学ほど有利で、差は広がるばかり。国立大
全体のレベルを上げないと日本の総合力は保てない、と国は気づいてほしい」。
長年同大の工学系学部で教える教授は嘆く。

 新潟県の上越教育大のような、地方の単科大はより苦しい。同大は民間との
共同研究はゼロ。国からの補助金が頼りだ。それだけに教育実習関連の取り組
みが、05年度の「特色ある大学教育支援プログラム」(特色GP)に選ばれた
ときの喜びは大きかった。連絡を受け、高田喜久司副学長らは小さなパーティ
を開いたほどだ。

 同じ大学でも、産学連携が成立する分野は偏りがある。国立大などで進む共
同研究の7割は、国の第2期科学技術基本計画で重点4分野と定められたライ
フサイエンス(生命科学)、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料が占め
る。基礎研究や文科系の分野の連携はなかなか進まない。

 「実現に何年かかるのか。何の役に立つのか」。思い通りの働きをする分子
をつくる技術の研究に取り組む東大の塩谷光彦教授は、産学連携の会合に出る
たびに企業の担当者からそんな指摘を受ける。「基礎研究は結果が見えにくい。
でも続けていくうちに、重要な発見や発明につながるんです」

 ◆手段が目的化する恐れも

 法人化によって、国立大は予算を自由に扱え、外部からの資金導入も自発的
にできるようになった。だが、もともと設備や人材がそろう一部の大学や研究
分野とそれ以外とでは、財政事情に大きな違いが出ている。

 東大の04年度の収入は2千億円だった。運営費交付金は45%の930億
円。産学連携で企業が支出した研究費や寄付など外部から得た資金は510億
円にのぼり、収入の4分の1を支えた。一方、上越教育大の04年度の収入は
43億円で、そのうち外部資金は9千万円でわずか2%。収入の8割を運営費
交付金に頼っている。

 外部資金を得ることは、大学の教育や研究の環境を整え、競争力を高めるた
めに必要な「手段」でしかない。なのに、経営に気をとられるあまり、外部資
金の獲得自体が「目的」になってしまいかねないのが現状だ。

 そうした状況では、短期的に成果を生みづらい研究分野や、学生に対する教
育が軽視される恐れがある。格差を再生産しないで、大学が個性を発揮するた
めにも、それぞれの大学に合わせた財政の裏付けが改めて必要とされている。

 ◆大学評価の専門家不在 個性に応じ傾斜支援を

 寺崎昌男・立教学院本部調査役(大学教育史)

 産学連携は今や、大学にとって不可欠なものだ。例えば共同研究の意味は、
企業に研究費を出してもらうだけではない。大学の研究者に力量があれば、連
携を通じて企業が今直面する課題を知り、研究を豊かにすることができる。こ
の力を鍛えることが、これまで日本の大学で弱かった。

 今考えると、80年代に大学に企業の寄付講座ができ始めたことが、歴史的
に見て大きな転機になった。それまで「産業に浸食される」という意識が強かっ
たが、このあたりから状況が変わった。

 ただ、同じ大学、同じ学部の中でも、日の当たる研究室と、日の当たらない
研究室の差が広がっているのも気になる。産学連携などで外部資金を豊富に集
められる研究室は尊ばれ、テーマ上それができない研究室は今後リストラの対
象になっていく危険がある。万一そんなことになれば、大学の「命」である基
礎研究が枯れていってしまう。私はそれを一番恐れている。

 一方、国から大学への補助金は、競争的な色合いが強まっている。そうした
取り組み自体は、悪いことではない。ふだんは目立たない小さな大学も獲得し
ようとがんばるから、いい刺激になる。

 しかし、その評価のあり方に問題がある。日本には大学の取り組みを評価で
きる専門家が育っていない。だからどうしても単純な成果主義に陥る。それで
は、研究・教育環境に大きな差がある現状では、特定の大学がいつまでも勝ち
続けることになる。

 その研究にどれだけ時間をかけ、どんな目標を設定して進めてきたか、といっ
たプロセスをきちんと評価すべきだ。しかし、今の態勢では評価に手間をかけ
られず、わかりやすく結果が見えやすいテーマが選ばれる傾向がある。

 国立大について言えば、運営費交付金の算定基準が画一的である点も問題だ。
また、効率化と称して毎年1%削減するという根拠もはっきりしない。現在の
ような配分の仕方では、例えば理系と文系の間の格差は広がるばかりだ。大学
の個性に応じて、傾斜的な支援をすることが必要だ。

 産学連携につながるテーマが少ない大学や、資金不足で個性や特色が出せな
いような大学もある。一部の私立や国立単科の小規模大学などがそれで、何か
別の手だてで援助することが必要だ。こうした現状を文部科学省は認識し、無
理な競争をあおらないようにすべきだ。

 そもそも大学も国も、自分たちの取り組みが学生の成長に寄与するかどうか、
といったことをきちんと考えているだろうか。各大学が、外部資金を得ること
に狂奔することになっては問題だ。今の学生はおとなしいから大学の姿勢を追
及することもないと軽く考えて、学生の存在を忘れた施策が進められることは
許されない。

 ◇学生を獲得するため、各大学は就職支援策を競い合う。次回は「就職」に
ついて、20日に掲載します。

 文・増谷 文生