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『読売新聞』2006年2月8日付

産学連携 欲しい「経済効果」


国力底上げへ 「近大マグロ」も……

 大阪の百貨店には、毎週のように「近大マグロ」が入荷する。卵の段階から
マグロの完全養殖に世界で初めて成功した近畿大水産研究所で育ったマグロな
ので「近大マグロ」。百貨店やレストランに卸すのは大学が設立した卸会社
「アーマリン近大」で、年間十数億円の売り上げは水産研究所に入り、新たな
研究を支える資金に活用される。

 新技術がビジネスの核となり、ビジネスが新技術を資金面で支える――。そ
んなベンチャー企業を大学が設立する事例が急増している。今年1月の施政方
針演説で、小泉首相は「大学発ベンチャーは、1100社を超えた」と胸を張っ
た。

 目に見える形で研究成果を上げる際の起爆力として、第3期科学技術基本計
画が期待するのが、こうした「大学発ベンチャー」や、大学と企業が共同して
成果を上げる「産学連携」だ。

 発明者自身が起業したり、民間に技術を移転したり。大学発の知識や技が、
新たな価値を生み出す仕組みを構築することで、国力の底上げを目指すのだ。

特許料収入 米との間に大差

 しかし、基本計画が描く青写真通りに、現実が進んでいる訳ではない。過去
10年で科学技術の振興のために注がれた39兆円の巨額投資で、学術面の成
果を計る論文数は確かに増えた。しかし、キャンパス発の研究が経済に及ぼす
影響力の指標になる大学の特許料収入を見ると、日本の5・5億円(2003
年度)に対し、アメリカは約1100億円(2002年度)。その差はとてつ
もなく大きい。

 大学と企業を隔てる垣根が低いアメリカでは、大学院生が共同研究の相手の
企業に就職することで、大学の技術がまるごと企業に移るといった事態もよく
あることだ。消費者の人気を博し、研究を資金面で支える「近大マグロ」も、
新規雇用の創出なども含めた経済波及効果で見れば、アメリカの産学連携には
遠く及ばない。

 イノベーション(技術革新、経営革新)政策が専門の岡田羊祐・一橋大助教
授は「研究者の流動性が低い状態を放置したまま、産学連携を叫んでみても有
効かどうか」と語る。

権利の問題 増える?

 アメリカではエネルギー省など産業界と直接向き合う省庁の予算割合が大き
いのに対し、日本では科学技術予算の6割を文部科学省が握る点を踏まえ、日
本経済団体連合会も「イノベーションの実現にまでつながる道筋が明らかになっ
ていない」と、昨年12月に発表した提言の中で課題を指摘している。

 その一方で、産学連携が本格化するにつれ、知的財産を巡る「産と学」の間
の権利問題を巡るトラブルの増加も予想され、新たなルール作りの必要性も浮
かび上がる。ベンチャー育成に詳しい近藤正幸・横浜国立大教授は「アクセル
だけではなく、ブレーキやハンドルもそろそろ必要だ」と語る。

 まだまだ閉鎖的な大学の風土、硬直した予算構造、ルールの未整備……。産
学連携をさらに実りあるものにするためには、構造的な阻害要因の同時解決が
迫られる。「効果が表れるまで時間がかかる」(文科省)とされてきた産学連
携も、3期計画ではまさにその「効果」が問われる。