新首都圏ネットワーク
  トップへ戻る 以前の記事は、こちらの更新記事履歴

『読売新聞』2006年1月24日付

大手町博士のゼミナール 大学の知的財産

特許を「信託」して活用

 大学が保有する特許権などを、民間企業で有効利用しようという動きが活発
化しつつあります。日本企業の国際競争力を高めるのが狙いで、「信託」も手
法の一つとして注目されています。今回はこうした大学の知的財産権の活用策
について勉強しましょう。(西沢隆之)

受講生の会社員H樹さん
 「大学で眠ったままの研究成果って、結構多いのでは?」

東京大学副学長の石川正俊さん
 「2004年度時点で、東大に帰属する特許数は217になります。大学に
は新規分野を切り開くきっかけとなる研究成果がありますが、これまで十分に
活用できていませんでした。情報化社会の現在、成果を特許権などの形で素早
く保護し、企業などに使い勝手よく提供することが大学に求められています」

大手町博士
 「国際競争でコスト削減を迫られる日本の企業は、研究開発に多くの経営資
源を投じることが難しくなっている。そこで、我が国の研究者の3分の1がい
る大学の存在が改めて注目されているんだ。特許権などを通じた産学連携は、
政府の知的財産戦略に位置づけられている」

受講生の自営業Y介さん
 「父は理学部の教授だけれど、『遺伝子の分野で特許を持っている』と話し
ていた記憶がある。特許権って、そもそも研究者に属するんでしょ」

経済産業省大学連携推進課課長補佐の柴田昌弘さん
 「特許権は昔、発明者に属していました。しかし、政府は1998年に大学
等技術移転促進法(TLO法)を施行し、法人格を持たない国立大でも研究成
果を扱う技術移転機関(TLO)を設立すれば、特許権をTLOのものとし、
企業とのライセンス契約を結べるようにしました。とかく煩わしい手続きや交
渉による発明者の負担を減らし、特許権の活用を促進する狙いからです」
 現在、大学の研究成果を扱うTLOは41機関となり、企業などとライセン
ス契約を結んで得られた収入は総額29億円に上る。2004年から国立大学
は法人格を持つようになったため、以後の発明の特許権は、研究者個人ではな
く、大学に帰属している。

受講生の主婦N子さん
 「特許権などを信託する動きがあると聞きました」

石川さん
 「東大では、TLOなどに知的財産権を信託することを検討しています。特
許権などを有効活用する有力な手段の一つになると見ているからです」

博士
 「信託を使うと大学側は特許権の侵害に対する法的対応への負担などを減ら
せ、その分、ライセンス契約などに集中できる利点がある」

三菱UFJ信託銀行知的財産グループ推進役の原田寛規さん
 「昨年、九州大学の研究者が作ったベンチャー企業から特許権の信託を受け、
別の企業とライセンス契約を結んだ上、その特許使用料を、ベンチャー企業に
配当という形で還元する仕組みを導入しようと着手しました。信託業務のノウ
ハウなど、当社の強みを生かせる分野です」

博士
 「特許権を使った企業の商品開発が軌道に乗ってヒット商品でも生まれれば、
大学やベンチャー企業は、信託受益権を投資家に売却して、見返りに初期に投
じた資金の早期回収を図るとともに、さらなる研究投資に備えることも可能だ。
知的財産権の信託では、信託業法改正も大きな影響を与えておる」
 信託業法は04年12月に改正され、特許権などの知的財産権が信託対象に
加わった。現在、受託者としては、大学との一体運営を展開しやすいTLOが
有力と見られているが、信託銀行などの参入も予想される。

N子さん
 「大学の特許権などを有効活用する方策は、信託以外にはないのかしら」

石川さん
 「投資家から資金支援を受けたベンチャー企業が、大学の保有する特許権を
使って新技術を生み出し、別の企業とライセンス契約を結ぶやり方もあります。
こちらの方が現状では信託よりも先行しています。ライセンスを与えるのと引
き換えに、企業の株式などを取得するような仕組みも有効と見ています」

H樹さん
 「前途有望のようだけれど課題はあるのかな」

柴田さん
 「特許権の紹介など、企業と大学の橋渡し役を務める人材の育成が必要です。
政府も力を入れています」

博士
 「産学連携による経済の活性化に期待しよう」