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『毎日新聞』2006年1月16日付

新教育の森:存続の危機、改革急ぐ大学 独自の講座で人材育成強化


 ◇「個性」アピールに必死

 大学が大きく変ぼうしている。「大学改革」を掲げ、企業や社会が求める人
材育成を強化する大学が増えている。その有り様を格差社会を描いた連載企画
「縦並び社会」で取り上げ、早稲田大のリーダー養成講座と大阪経済大のキャ
リア講座を紹介した。いずれも10年前にはなかった講座だ。改革の先頭を走
る両大学の背景に、大学が直面する深刻な危機が横たわっている。【井上英介】

 ◆短大消える?

 大阪経済大(大経大)のキャリア講座と、早大のリーダー養成講座。企業の
中堅層と社会のリーダーを育てるそれぞれの講座は対極に位置する。しかし、
NPO「21世紀大学経営協会」(東京都千代田区)の高須賀伸成事務局長は
「同じ背景を背負っている」と指摘する。協会は03年に設立された。加盟5
4大学は少子化で市場が激しく縮むなか、財務改革や教育の個性化で生き残り
を目指しており、両大学もメンバーだ。

 市場はどれほどの速度で縮みつつあるのか。

 大学経営に詳しい民間コンサルタント「高等教育総合研究所」(同区)の亀
井信明社長によると昨年4月の18歳人口は141万人。これが5年後は12
1万人になると推定されている。その差20万人。今の大学・短大進学率(約
51・5%)のままでは、進学者は5年後約10万人減る。亀井氏は言う。
「(10万人は)現在の全国の短大1年生の合計人数に相当する。それが全部
消える事態、定員1000人の大学が100校いらなくなる事態を想像して下
さい」

 大学間には「偏差値」という格差が厳然と存在する。「今までは低い偏差値
に甘んじていても学生は来たが、今後は雇用市場のニーズに応え、個性を打ち
出さなければ消える運命だ」と高須賀氏は言う。「終身雇用が崩れ、転職に有
利な資格を求める学生と、新入社員をゼロから育てる余力のない企業の双方が、
偏差値よりも大学の人材育成の内容自体に関心を寄せ始めている」

 早大と大経大の方向は逆だが、待ったなしの状況下で個性を強く打ち出そう
としている。

 経済人が大学改革に参画するケースも増えている=表。高須賀氏自身も住友
信託銀行から芝浦工業大へ移り、財務改革を進めた経歴を持つ。

 ◆就職を勝ち抜け

 大経大(大阪市東淀川区)は、経済▽経営▽経営情報▽人間科学−−の4学
部で1学年約1600人(1部のみ)。流通・サービス業を中心に高い就職率
を誇る。その秘密は、徹底したキャリア教育にある。

 新入生向けのキャリア講座は学部ごとに「キャリア設計」「キャリアデザイ
ン」など名称は異なるが、中身はほぼ同じ。語感はスマートだが、自分の職業
適性を見極め、就職戦線を勝ち抜く心構えを説く。奥深い学問の一端に触れさ
せ、学生の知的好奇心を高める大学教育とは無縁だ。

 こうした講座や入学直後の職業適性診断テストも、実は入り口に過ぎない。
商品を企画し実際に企業人に売り込む授業、トヨタ自動車などの工場見学、資
格講座、企業へのインターンシップ、面接トレーニング……。就職対策メニュー
が4年間目白押しだ。

 「資格を取れ、英語を磨けとあおられ続ける」と学生の一人は言う。大学案
内に「自己を発見し、将来を設計する」とあるが、就職までのつかの間、モラ
トリアムの空気は希薄だ。

 ◆「覇気がない」

 大経大は戦前、高等商業学校として創立され、戦後、新制大学として再出発
した。生え抜きの教授が学長と理事長を長く務めてきた。

 99年、大経大OBの井阪健一・元野村証券副社長が理事長に就き、のんび
りとした校風を刷新した(昨年退任)。キャリア教育強化の狙いをこう語る。
「大学は産業社会の要求にあまりに無頓着だった。学生の付加価値を高め企業
へ送り出すのが使命だ」

 学生を無理やり型枠へ流し込み、企業へ押し出すようにも見えるが、井阪氏
は言う。「第1志望で入る学生が少なく、覇気が足りない。意欲を刺激してや
らないと」

 ◆早大カラーを

 早大は奥島孝康前総長のもと02年度、学部や学年の垣根を取り払い、全学
から受講生を募る「オープン教育」を始めた。白井克彦現総長も熱心に推進す
る。「大隈塾」はその目玉講座だ。

 早大OBでジャーナリストの田原総一朗氏が奥島前総長と懇談した際にアイ
デアが生まれた。塾頭の田原氏の人脈で一流ゲストが招かれる。

 受講定員は220人前後。一方、受講者の中から論文と面接で選ばれた学生
20人によるゼミ「大隈塾演習」は、政治経済学部の高野孟客員教授が担当す
る。

 運営に携わる早大関係者は「政財界や企業の利害を超え、国民全体の利益を
考えるような若者を育てるのが狙い。在野精神に富む早大カラーを復活させた
い」と言う。

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 ◇11日朝刊「縦並び社会」の要旨

 早稲田大のリーダー養成講座「大隈塾」は政財界トップを毎週招き、学生が
討論を挑む。毎年希望が殺到し、作文で受講者を選ぶ。受講者からさらに絞り
込まれた20人が大隈塾演習に参加。ある学生は「僕らは日本を背負う集団に
なる」。

 大阪経済大は新入生向けキャリア講座で、人生や大学時代の目標をワークシー
トに詳しく書かせる。入学直後の職業適性診断テストで、ある学生は「働く意
味について考えるのが課題。進路成熟度55%」と判定された。学長は「企業
の中堅層を育てたい」と言う。

 54大学でつくる「21世紀大学経営協会」総会で高橋宏・元日本郵船副社
長(首都大学東京理事長)は、大学の役割について「よい原材料(学生)を仕
入れて加工し、保証書(卒業証書)をつけて企業へ出すこと」と語った。大学
へ転身する財界人は多い。早稲田大は元山種証券社長を副総長(現理事)に迎
え、大阪経済大では旧国際証券会長が理事長に。同協会理事長の宮内義彦・オ
リックス会長は関西学院大理事も務める。大学が雇用市場のニーズに応え、人
材の「仕分け」に動き出した。

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 ◆大学運営に参画している主な経済人◆
 (敬称略)
       氏名   役職  元職(現職)
【私立】
早稲田大学  関昭太郎 理事  山種証券社長
中央大学   鈴木敏文 理事長 セブン&アイ・ホールディングス会長
明治大学   長吉泉  理事長 中央青山監査法人顧問
青山学院大学 松沢建  理事長 日本興亜損害保険社長
大阪経済大学 松谷嘉隆 理事長 旧国際証券会長
関西学院大学 宮内義彦 理事  オリックス会長
【国公立】
東京大学   竹原敬二 副理事 リクルート常務
首都大学東京 高橋宏  理事長 日本郵船副社長