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『朝日新聞』2006年1月14日付

財務を検証する監査法人が値引き合戦
国立大の仕事をしたい


 国から独立した機関になった国立大学法人の財務は適切に管理されている
か――。財務内容を厳格にチェックすべき監査法人に対する報酬が、入札によ
る競争で、採算が合わないほど低く抑えられている可能性が指摘されている。
大学にとっては経費節減の一環だが、行き過ぎれば監査が有名無実化する懸念
もある。少子化でただでさえ経営環境が厳しい大学にとっては、信用が揺るぎ
かねない問題だ。(松浦新)

 広島大学は49%引き、東京学芸大は46%、東京海洋大は41%、筑波大
は31%――。

 05年度の国立大学法人の監査=脚注=をめぐるバナナのたたき売りのよう
な監査報酬の「値引き」例だ。

 そもそも監査業務は、公認会計士ら財務の専門知識を持った人が大学に出向
くなどして、書類の確認や責任者との面談をして作業を進める。

 したがって報酬は、監査に必要な人員と日数をかけた延べ日数がベースにな
る。

 05年度の東大の場合、新日本監査法人は監査責任者が20日、公認会計士
が135日、会計士補らが115日で「定価」は合計270日分の2801万
円だが、そこから991万円余り(35%)の「値引き」があり、消費税込み
の1900万円を示した。

 競合したあずさ監査法人は250日分の監査で定価2450万円のところ、
450万円値引きして消費税込みで2100万円の提示だった。

 東大は監査の内容も加味して審査をし、新日本を第1候補、あずさを第2候
補として文部科学省に推薦し、新日本が会計監査人に選ばれた。

 こうして決まった全国86大学の監査報酬を左のグラフに示した(昨年10
月に合併した富山県の3大学を除く)。国大法人は、「4大法人」と呼ばれる
監査法人が監査をしている。大学の「経常収益」には、授業料のほかに国の交
付金などが含まれ、付属病院の診療報酬なども入る。民間企業の売上高に近い。

 ここにあげた民間企業は2000万円前後を監査報酬として支払っており、
国大法人が民間企業に比べて、いかに低いかがわかる。売上高が高いと報酬も
高くなる。たとえば東大の経常収益1771億円に近い売上高1610億円の
ワコール(監査法人トーマツ)は5800万円を払った(いずれも04年度)。

 こうした安値受注についてある監査法人は、「新たな市場に参入していくの
は当然のこと。入札には応じざるをえない。いまは安くても、あと2年もすれ
ばサービスを理解してくれて、適正な価格に落ち着く」と、説明する。

◆規定外れ価格破壊

 複数の大学の財務課長はこうした安値入札について「公認会計士協会の標準
報酬規定が、国立大学が法人化された04年度に廃止されて価格破壊が起きた」
と指摘する。

 03年度までは1部上場企業は「基本報酬」が995万円、2部上場は68
5万円、その他は575万円というように「下限」が決まっており、監査日数
分の費用が上乗せされた。

 おまけに、入札は毎年ある。05年度は86大学のうち、3大学で監査法人
が入れ替わった。見積もりに「基本報酬」の項目すらない大学もあるのが現状
だ。

 ある監査法人は「民間企業は少なくとも数年は監査法人を代えない。初めは
お互い慣れずに時間がかかっても、長期的に収支を合わすことができる。毎年
の入札ではたまらない」と価格破壊を嘆く。

 05年度の監査報酬が前年度比43%減の1100万円と最も下がった筑波
大の場合、監査法人も中央青山からあずさに移した。監査日数は中央青山の2
45日に対して、あずさは180日だった。

 同大財務企画課は「あずさはつくば市に事務所があるために対応が早い」と
選定の理由を話す。一方、あずさは「全国の情報を集めて判断するプロジェク
トチームがあるので、各大学の担当者が個別に判断するより効率的な監査がで
きる」などと、日数の短さを説明する。

 前年度に比べ33%減った東京学芸大の財務部は「4大法人なら監査の質は
一定以上担保されていると考えている。入札で少しでも安く契約するのは当然
だ」と話す。

 東大の場合、監査報酬が想定より低く済んだことで浮いた分で、内部監査体
制を強化するために、あずさとも契約をした。「価格が安くても手抜きはあり
ません。内部監査を充実させることができ、外部監査の新日本にも適切な対応
ができ、満足している」(財務課)と話している。

◆粉飾事件の影響も

 こうした現状について、ある監査法人は「国大法人に限らず、独立行政法人
や公益法人も外部監査に対する認識が甘い。こんな姿勢が続けば、公的法人の
監査はしないという判断もありえる」と憤る。

 もっとも、86大学のうち、21大学は前年を1割以上下回って契約したが、
35大学は前年と同額で契約した。

 別の監査法人は「1年目の日数が想定以上にかかって、2年目も同額になっ
た大学もある。また、大学側も続けて契約する意向だが、入札の手続きはせざ
るをえない中で、意欲的な競合法人があるために低い価格をつけざるをえない
こともある」と、水面下の駆け引きを明かす。

 05年度の監査報酬が上がった大学も7法人あった。

 そのひとつの佐賀大学は31%増えた。財務課は「04年度は年度末に作業
が集中したので中間監査を充実させた。また、大学組織の内部統制の仕組みを
構築するために、それに役立つ助言ももらうことにした。外部監査は経営効率
化に役立っている」と話す。

 国大法人は1月半ばから06年度の監査法人を選ぶ手続きに入る。ある大学
の財務課長はこんな内情も打ち明けてくれた。

 「中央青山の公認会計士が、昨年、カネボウの粉飾決算をめぐって逮捕され
たことで、法人も金融庁の処分を受ける可能性がある。そうなると、06年度
の発注は難しくなる。現在の4法人が3法人になると、逆に報酬がつり上げら
れる心配もあります」

(脚注)国立大学法人の監査 国立大学は04年度に文科省の一機関から独立
した法人として運営されるようになった。これにともない、大学の経営状態を
民間企業のような損益計算書や貸借対照表などの財務諸表で把握することで確
認する仕組みに変わった。その財務諸表が適正に作られているかを検証するの
が会計監査人の仕事。