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『日刊工業新聞』2006年1月4日付

検証・スーパーCOE―研究システムの改革着々


 研究システムを改革する文部科学省の戦略的研究拠点育成事業(通称=スー
パーCOE)が06年から終了し、成果が問われ始める。大学に人が集まり、
革新的な研究分野を打ち立て、外部資金を獲得する―。 つまりヒト・モノ・カ
ネの相乗効果を生み出す姿が確立できたのかどうかだ。 ”1期生“として3月
に助成事業が終了する東京大学先端科学技術研究センターと大阪大学大学院工
学研究科は、助成が終わっても自立できる仕組みをほぼ作り上げた。 一方で終
了後の就職先が決まらない博士研究員(ポスドク)など、研究人材流動化の課
題は解決途上にある。 文科省は同事業を踏まえ、産学が10年で先端融合分野
を開拓する新事業を06年度に始め、真のイノベーション創出を担える傑出し
た研究機関の育成に臨む。(山本佳世子)

【東京大学先端科学技術研究センター−”体質変化“】

 「我々の06年度予算は6年前の1・5倍に上る。 これはスーパーCOEで
の改革を通じて、運営費交付金の倍の外部資金を獲得できるようになったのが
理由だ」。 東京大学先端科学技術研究センターの橋本和仁所長は、この5年で
同センターにどんな”体質変化“が起きたのかを説明する。 国立大学はどこも
運営費交付金削減に苦労する中、大学の一研究所で予算30億円とはいえ、交
付金に左右されない外部資金が収入全体の6割という財政構造は目を引く。

 最も成功したケースが、遺伝子の制御システムで病気を治すという「システ
ム生物医学ラボラトリー」だ。 同ラボの研究成果は、連携相手の興和や未来創
薬研究所(中外製薬や三井物産などが出資)の大型医薬品の実用化・計画につ
ながり、「世界の医薬品市場の1%分に貢献している」(児玉龍彦ディレク
ター・教授)と自負するほど。 その実績が次の資金を、そして人を吸い寄せる。

 事業前は教員3人、学生やポスドクで計40人だったのが、事業後の陣容は
教員10人、総勢150人。 教員8人分の人件費を外部資金でまかなう。 国
立大では人件費削減のため、定年退職の教員ポスト不補充が広がっているが、
それとは異なる動きをみせる。

【大阪大学大学院工学研究科−合同会社を設立】

 一方、大阪大学大学院工学研究科は、事業時の時限機関を学内組織「フロン
ティア研究センター」に変え、研究の管理支援を行う合同会社(LLC)「フ
ロンティア・アライアンス」(仮称)を設立。 地元産業人の寄付による「井内
記念館」を活用し、事業後も革新的な研究に取り組める”阪大方式“を打ち出
した。

 LLCは国立大学が法人化してもなお、機動的に動けない研究者雇用や大学
発ベンチャーへの投資で力を発揮する。 そのために、LLCの資本金や、記念
館に入居するプロジェクトの家賃(家主は阪大)の形で企業の資金を呼び込む。
豊田政男阪大工学研究科長は「この仕組みができたのは、スーパーCOEで教
員の意識改革が進んだからだ」と強調する。


【特任教員広がる】

 文部科学省の科学技術振興調整費によるスーパーCOEは、1機関に年5―
10億円が5年間支給される大型助成事業で、01年度に始まって合計13件
が走っている。東大と阪大は国立大学法人化前にスタートしたため、予算・人
事を教授側ではなく組織の経営側が握る仕組みに先鞭(せんべん)を付け、全
国立大に普及させる役割も果たした。

 しかし大きいのは、文部科学省の室谷展寛科学技術振興調整費室長がいうよ
うに「大学という”器“で、社会の研究ニーズに応じたテーマと資金がそろい、
研究人材が動く」形を示せたことだ。 予算が大きいだけに終了後の資金手当て
が課題だったが、1期生はともに外部資金の獲得でクリアしてみせた。

 人・成果・資金のプラスのスパイラルを動かす引き金になったのは、助成金
を使って東大先端研が始めた特任教員・研究員制度だ。 「教員は運営費交付金
による終身雇用で教育・研究の両方を見るもの」という通念を打ち破り、特任
制度によって「外部資金による5年などの任期付雇用で研究専念」という教員
形態をとって、研究人材を集中投入できるようになった。 法人化による人事の
自由度アップを背景に、この制度は同事業の全採択大学に広がった。


【挑戦的なテーマ】

 こうした改革の効果は、従来なかった挑戦的な研究テーマが確立・展開され
たかで計ることができる。先端研が06年度に新たにスタートするプロジェク
トは八つで、いずれも年間数千万円以上の外部資金と外部に開かれた研究スタ
イルが特徴だ。

 パイオニアとの知的創造サイクル変革は、家電製品のユーザーインターフェー
スを重視し、複数機能の連動をデザインし直すといった取り組みで、年400
0万円が3年間用意される。 シャープとはポストシリコンデバイスで、新日本
石油とは環境・エネルギーでそれぞれ連携するが、中身の濃い産学の議論を通
じて企業研究者の研究マネジメント能力を高め、その中から共同研究を生み出
す手法も導入する。

 阪大はスーパーCOE事業中に得意のナノ工学の研究成果を多数発信する一
方で、間伐材の経済的利用を図る森林経済工学という新規分野も作り出した。
生まれた大学発ベンチャーは7社になる。 今後は工学研究科内の10専攻を横
断する「リサーチイニシアチブ」と呼ぶ挑戦的な融合研究を10数件走らせる。
スーパーCOEの若手研究者の一部はここに引き継ぐことになる。


【5年の短さ嘆く】

 米国のように、若手研究者が研究機関を移動してコミュニティーを広げなが
ら研究実績を上げていく”研究人材の流動化“は、05年度までの第2期科学
技術基本計画でも挙げられた重要なテーマだ。しかし、この点では両機関とも
十分なモデルを提示できていない。 「スーパーCOEで研究能力を格段に高め
たと若手のキャリアが評価され、事業終了後は他機関から採用希望が押し寄せ
るのが理想だったが、そこまで到達してはいない」と同事業をよく知るある大
学関係者はいう。

 先端研は現在、50人強を雇用しているが、約半分は事業終了後の行き先が
未定のままだ。 阪大の豊田研究科長は「資金切れで有用な人材を手放さざるを
得ないのは苦しい。 あと一歩で花が咲くという若手もいるのに…」と5年とい
う期間の短さを嘆く。 この問題は06年度に同事業が終わる京都大学や産業技
術総合研究所などにも共通する。

 現在、先端研が中心となって人材流動化支援の組織を準備しているが、課題
解決は来年度以降に持ち越される。 また、文科省もこれを応援する来年度から
の新事業でこれを後押しする。 試験的な雇用後に半数以上を安定雇用へ切り替
えるテニュア・トラックの導入などを、多機関が手掛けるよう誘導していく。


【15年後見据える】

 さらに、文科省はポスト・スーパーCOEと位置づける「先端融合領域イノ
ベーション促進拠点事業」を来年度から始める。これは同時期に始まる第3期
科学技術基本計画の目玉にほかならない。 10−15年後の産業の芽を生み出
す先端的な融合研究で、「かつて企業の中央研究所が手掛けていた部分を新た
に産学で担う」(室谷文科省室長)ものだ。

 当初は15件を採択し、産学が1件2億円ずつ出し、絞り込みを経て、最終
的に5件程度で1件産学10億円ずつというイメージだ。 中間評価での中止リ
スクにもかかわらず企業を本気にさせられるのか―。 それが可能な卓越した研
究拠点を目指した取り組みが、いよいよ始まった。