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『読売新聞』2006年1月5日付

僻地医師の卵に優先枠


 医学部に地元優先の地域枠を設ける大学が増えている。

 島根県のある市の市長応接室で昨年9月、市長、保健所長、高齢者福祉施設
の所長、地元の病院長が、若い女性と丸テーブルを囲んだ。市職員の採用試験
ではない。島根大学医学部の推薦入試に出来た地域枠の適任者かを見る面談だっ
た。面談で適任と判断されて初めて、高校を通した推薦入試に出願が出来る。

 「生活も都会に比べて不便だけど、戻って来てくれるかな」と確認する市長
に、女性は「僻地(へきち)で医師をやりたいと思っているんです」としっか
り答える。面談は1時間近く続いた。

 女性はこの後、地域の病院で7日間、特別養護老人ホームで3日間の研修を
受け、翌月、2度目の面談に臨んだ。最初の面談ほど口調はなめらかとは言え
なかったが、考え考え話す姿を見て、市長は逆に「意志を固めてくれたようだ」
と好感を持った。全員一致で適任者という判断が下った。

                  ◎

 地方の国立大医学部に都市部から志願者が集まる傾向が強まり、地元出身者
は都会っ子に押され気味だ。「地元に定着しやすい人材養成を」という要望を
受けて、推薦入試に地域枠を設ける医学部が増えている。

 島根大は、出身地の首長の推薦とともに、現場での研修も地域枠応募の条件。
地域医療はきれいごとでは済まない。高齢者医療が主体で、休みも少ない。現
場の困難さを肌で感じた上で応募する制度にした。

 しかも、応募できる地域を県内の過疎地区に限定した。松江市や出雲市と山
間部では、医師1人あたりの住民数に大差がある。僻地に勤務してくれないと、
医療格差は解消できない。

 定員85の中で、地域枠は5。応募者は10人で、すでに大学での面接も終
えており、センター試験の結果を考慮して合否が決まる。

                  ◎

 「全国から志願者が集まるが、医師免許を取りに来るだけの学生ならいらな
い」(益田順一・医学部長)と方針は明快だ。「僻地出身者なら、僻地に勤務
してくれるという判断。地域医療に貢献したいと言う人は多いが、県外出身者
の卒業後の定着率を見ると信用できない」と小林祥泰・付属病院長も強調する。

 僻地医療従事者の養成を目的にした自治医大には、7年間、僻地勤務の義務
があるが、島根大の地域枠に卒業後の義務はない。

 だが、「地域全体で地域医療に従事する学生を育てていきたい」と、今年か
ら、6年生が3週間、地域の病院、診療所で研修を積むなど、地域医療につい
て考える機会は入学後も増える。地域に密着した医師育成に、大学が本腰を入
れ始めた。(大木隆士)

 国立の地域枠12校に 医学部のある国立大42校中、31校が今春入試で
推薦入試を実施、地域枠設置は12校になる。文部科学省によると、2003
年度までの6年間の入学者の中で、地元都道府県出身者は42校平均27.4
%。8.5%と最も低い宮崎大は、昨春まですべて一般入試による選抜だった。
公立は札幌医科、福島県立医科、和歌山県立医科大、私立も岩手医科大が地域
枠を設けている。

【地域枠のある国立大の入学者に占める地元出身者の割合】
 ※宮 崎   8.5%
  信 州  10.3%
 ※香 川  13.8%
  滋賀医  14.9%
 ※島 根  16.5%
 ※三 重  21.3%
 ※秋 田  22.5%
 ※鳥 取  22.8%
  佐 賀  25.0%
 ※弘 前  27.1%
 ※愛 媛  34.0%
 ※鹿児島  52.8%
 
(2003年度までの6年間。※は今春入試から)