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『東京新聞』2005年12月29日付

不正相次ぐ科技立国 ニッポン


 韓国・ソウル大で、胚(はい)性幹細胞(ES細胞)の研究成果のねつ造が
問題となっているが、日本でも研究者によるデータ改ざんといった不正行為は
目立ってきている。耐震強度偽装事件は技術者だが、不正という点で同じだ。
「科学技術創造立国」を掲げる中、なぜ、こうした問題が起きるのか。背景を
探った。 (科学部・大島弘義)

 日本学術会議は「科学者の行動規範」づくりに乗り出した。二十八日の初会
合で、検討委員会の浅島誠委員長(東大教授)は「いろいろな分野で深刻な問
題が起きている。科学者自らがどう解決するかが問われている」と決意を述べ
た。

 国内では昨年十二月、理化学研究所で、生物学の論文で不都合なデータを画
像処理した行為が発覚。大阪大でも今年五月、画像データを改変した論文が著
名な雑誌に掲載された。東大では成果を裏付ける実験ノートがなく、成果その
ものに疑問が持たれている研究がある。

 同会議が七月にまとめた調査によると、過去五年間に会員の不正行為が問題
となった国内の学会が百十三学会にも上る。多くの学会に疑わしい行為が発生
している実態が浮き彫りになった。

 黒川清・学術会議会長は「国際的な競争が激しくなり、情報がグローバルに
行き渡ると、とりわけ注目分野の研究成果は“知らなかった人たち”が見るよ
うになる」と話し、こうした変化によって不正が発覚しやすくなったと説明す
る。

   ◇   ◇

 研究者や技術者に対する信頼を裏切ったという点では、耐震強度偽装事件は
もっと深刻だ。

 「コスト削減や成果至上主義に対するあせりがあるが、結局はモラルの問題
に行き着く。(論文偽造と)似ている」と名古屋大の福和伸夫教授(耐震工学)
は語る。

 建設会社からプレッシャーがあったとも指摘されるが、福和教授は「ルール
を順守できない建築家は存在してはいけない。基準を守ることは最低限で、人
の命や財産を守る仕事に就いているという崇高な倫理観が求められる」と話す。

 中央大の佐藤尚次教授(安全工学)は「全速で走る列車が破滅に向かうと分
かっていても、途中で降りることができない、人間の弱さ」が不正の背景にあ
るとみる。

 そして「孤立を恐れず、正しいことを言えという技術者倫理や、それに耐え
られるかどうかという個人の資質に依存するルールでは解決しない」と考える。
技術者の駆け込み寺的な組織をつくることを提案するが、「どう実効性を持た
せるかが難しい」と言う。

   ◇   ◇

 「科学者の不正行為」の著書がある愛知淑徳大の山崎茂明教授は「若手研究
者を中心に雇用が不安定で、派手な業績で採用されがち。成果へのプレッシャー
は年々強まっている」と指摘、次のようなエピソードを語った。

 「不都合なデータはグラフから除くように」。指導教授からこう指示された
ものの、それをできずに元のグラフを使い論文を書いたところ、怒られ、結局、
研究職を辞した。生命科学の研究者から、このようなメールが届いたという。

 「彼のような人が研究を続けられるシステムが必要」と山崎教授。さらに
「米国には健康福祉省に研究公正局という組織があり、不正行為の調査報告書
を原則、公開している。事例の公表が大事。若い研究者への教育にも活用でき
る」と強調し、「(不正を減らすには)法整備が必要かもしれないが、あくま
で科学者の自己規制をきちんと機能させるためのものであるべきだ」と話す。

 学術会議の検討委員会では、不正に対応する審理機関のあり方についても議
論する。浅島委員長は「国民にきちんと説明責任を果たしたい」と繰り返した。

■文科省 内部告発の窓口も検討

 国内外の研究者による論文データのでっち上げが相次いで発覚する中、文部
科学省が大学や研究機関内部からの不正告発を受理する仕組みを整備し、不正
が確認された研究者に罰則を科す制度の導入を検討していることが二十八日分
かった。

 大学・研究機関ごとに告発受理窓口を設置。窓口の運用指針をまとめ、告発
の書式や告発者を保護する方策なども盛り込む考えだ。不正が確認された場合、
文科省が研究者の計画を審査して配分する「競争的研究資金」について応募資
格を最大で五年間停止したり、受け取った資金の返還を求めたりする。

 実際に不正があったかどうかは、各大学・研究機関の内部調査結果を基に判
断するが、個別のケースごとに調査手法が妥当かどうか、文科省内に委員会を
設置して吟味することも検討している。

 対象となる資金制度は文科省が管轄する科学研究費補助金など十二種類で、
二〇〇五年度予算では総額三千六百九億円。早ければ〇六年度に公募する研究
資金から導入を開始する。