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『朝日新聞』2005年12月26日付

 実利に傾く科学立国

 ◆基本計画「5年で25兆円投資」

 06年度から5年間の国の科学技術政策を定めた第3期科学技術基本計画が
まとまった。「5年間で25兆円」の投資目標が盛り込まれ、国の科学技術創
造立国の方針のもと、科学技術予算は緊縮財政下でも例外的に伸び続けている。
計画は投資に見合う経済的な成果を約束するが、半面、すぐには結果の見えな
い基礎研究や大学教育がないがしろにされないか不安もある。(嘉幡久敬、石
田勲)

 ◆成果還元を重視

 内閣府の総合科学技術会議(議長・小泉首相)が27日に答申する第3期計
画の目標は社会、経済への成果還元。新しい産業や市場を生む「技術革新」を
進め、経済発展と国際競争力の向上につなげる、とする。国民の安全と安心を
守る技術や、健康寿命を延ばす技術の開発もめざす。

 科学技術は少子高齢化でも国の活力を維持する「未来への投資」(首相)と
期待され、第3期の初年度にあたる来年度予算は研究開発投資で1・1%増額
された。

 バイオ、ナノテク(超微細技術)、環境、IT(情報技術)の4分野に引き続
き重点配分する。世界最速をめざす次世代スーパーコンピューター、ロケット
などの宇宙輸送システム技術を国の基幹技術と位置づけた。

 もう一つの目標が人材育成と競争の重視。研究費獲得などで研究者を競わせ
る。女性研究員が出産や育児と両立できる環境整備や、子どもの理科離れ対策
も盛り込んだ。

 ◆打率は上がらず

 直径30メートルのいけすに人工孵化して育てた完全養殖クロマグロが泳ぐ。
近畿大学水産研究所大島実験場(和歌山県串本町)。熊井英水教授らが開発し
た技術で養殖し、大学発ベンチャーのアーマリン近大が出荷している。週に7〜
8匹だが、関西圏の百貨店に続き、今秋、東京の日本橋三越でも販売が始まっ
た。

 同社は今年の売り上げが他の魚種も含めて17億円に上るベンチャーの「優
等生」だ。大久保嘉洋専務は「生産を安定させ、ブランド化を進めたい」と意
気込む。近大でも21世紀COEプログラムの予算(今年度分1億7300万円)
などを受けて、大規模な養殖が可能な技術開発を進める。

 経済産業省は01年、「大学発ベンチャー1千社」構想を打ち出した。大学
の研究成果を産業界に移転し、新市場と雇用の創出をめざす。目標とした今年
3月、1112社に達したが、事業が軌道に乗り始めたのはひと握り。起業を
急ぐあまり見通しが甘いベンチャーが多く、株式公開も12社にとどまった。

 この10年、科学技術への投資額は39兆円。しかし、目に見える成果は限
られるのが現状だ。国立大学の特許出願数も04年度、前年度比で約3倍に増
えたが、特許料収入は逆に3%減少。法人化などの影響で05年度は急増の兆
しが見えるが、04年度収入の86%は、名古屋大の赤崎勇名誉教授が85年〜
87年に取得した青色発光ダイオードの関連だ。

 文部科学省の丸山剛司科学技術・学術政策局長は「投資効果は5年程度で出
るものだけではない。長期戦略による投資が不可欠」という。

 ◆基礎研究の悲哀

 大学の教育現場には、しわよせが来ている。

 産学連携で国内有数の東京工業大学(東京都目黒区)。学生や院生が学ぶ実
験棟に2年半前、大学が環境に配慮した排気装置を50台設置した。

 維持費だけで年間1千万円かかる。各研究者が大学から配分される研究教育
費から出し合うが、大学の法人化後、研究教育費は国の交付金の減少とともに
目減りした。中澤清理学部長は「排気装置が使えなければ、教育に影響が出か
ねない」と嘆く。

 研究教育費の目減りは地方ほど深刻だ。理由の一つに予算の傾斜配分がある。
多くの大学では、企業との共同研究や特許取得、国の研究補助金の獲得額など
で研究者を競わせ、研究教育費を傾斜配分する。すぐに特許などに結びつきに
くい基礎科学系の学科は不利だ。

 九州大大学院理学研究院では10年前の3分の1になった。「現場の実情を
無視し、種々の事業に補助金を集中させるのは教育にとって大きな問題」と小
田垣孝理学研究院長は指摘する。

 第3期計画では、こうした競争環境を、経済的価値を生む技術革新の原動力
とし、大学間、研究者間をさらに競わせる。「適度な競争はぬるま湯的環境に
刺激」と現場から期待の声もある一方、腰をすえた教育との両立は課題として
残る。