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『毎日新聞』2005年12月14日付

理系白書’05:第3部 読者からの反響 流動化の危うさ、どう克服


 研究分野での流動化の理想と現実を描いた「理系白書’05 第3部」では、
国が人の入れ替わりを推し進めた結果、研究が活性化する一方で、30歳代半
ばになっても就職先のない博士の姿や、女性にとって出産がハンディになる現
実などを浮き彫りにした。打開策はあるのか。読者から寄せられた提言や反響
を紹介する。(敬称略)【理系白書取材班】

 ◇博士はもっと社会とかかわれ

 理系、文系という学校で張られたレッテルに左右されることなく、社会は専
門の知識、技術を勉強する機会を偏見を持たずに提供すべきだ。私は理科系の
大学を出たが、サラリーマン人生の大半を営業職として過ごした。40歳を過
ぎて関連会社に出向したときは家族も心配したが、「何くそっ」という気持で
頑張り、海洋深層水の営業で成果を上げられた。

 社会も個人も文系や理系、性差について壁を設けてはならない。博士を取得
した人でもその知識を営業に生かすことはできる。社会はもっとオープンにな
らなければいけない。
 千葉市、元会社員、川畑和陽(67)

    ◆

 私が卒業した大学の研究室では、博士課程は圧倒的に社会人経験者が多く、
学位取得後は全員が大学の教員となっています。多くのポスドク(ポストドク
ター=博士号を取得した後、大学の助手や研究所研究員など常勤の職に就いて
いない研究者)はいざ教育機関、研究機関に就職しようとしても、十分なポス
トが用意されていないのと、必要な社会性を身につけていない場合が多々ある
のかもしれません。

 外国では特に工学分野の場合、社会に出てから次の段階に進むことが当たり
前となっています。つまり社会経験で選択肢の幅を広げ、最低限の社会ルール
を身につけることができるからです。社会とかかわりのあるプロジェクトに従
事している学生やポスドクは、世間との感覚のずれが小さいように感じます。
 東京都三鷹市、団体職員、首藤亮一(36)

    ◆

 欧米の企業と技術の打ち合わせをすると、相手はほとんどがドクターである。
研究職だけではなく、生産技術、分析技術、マーケティングなど多岐にわたる。
事業部長もこれらの中から選抜された人が多い。言い換えると欧米企業では責
任ある仕事はドクターが行う。日本も多くの役に立つドクターを育成する必要
がある。現在の日本では企業以外で働くドクターは、ほとんど企業の役に立た
ない。単なるごく狭い領域に限定されたスペシャリストに過ぎない。

 大学院も役に立つドクターを育てる必要がある。役に立たないドクターを育
てる教授はリストラすればよい。そうしないと大学自体の経営が成り立たない。
この事実に気づいていない大学が問題の根源である。
大阪市、会社役員、水上義勝(60)

 ◇子どもを持つ女性が働き続けるのは大変

 法律上では男女の雇用は平等だと言われていても、現実は子供を持つ女性が
仕事を続けていくのがいかに大変かを(連載は)物語っていると思います。

 以前は学力でもトップグループにあった日本ですが、最近の調査ではじっく
り考えたり、文章を読む力が低下する傾向にあり、とくに理科や数学離れが叫
ばれています。女性が研究を続けたいと思っても、結婚や出産が壁となるよう
では、途中で研究をやめるか、初めからあきらめてしまうことになりかねませ
ん。せっかくの能力を発揮できないのは残念でなりません。私が今こうして働
いていられるのは職場の方々や家族の協力があったからこそです。
 神奈川県相模原市、中学教員、山田晶子(54)

    ◆

 任期付きのポスドクを3歳半の子供を育てながらしています。夫は神戸に単
身赴任中です。別居状態になってすぐに妊娠しましたが、そのまま出産して研
究を継続する道を選びました。父親がいない生活も努力次第で何とかなるので
はと楽観的に考えています。

 しかし、最近はポスドクを親に持つことは子供にとってよいことではないと
感じています。子育てをしている私が動くと、必然的に子供も動かねばならず、
安定した人間関係の中で育てることが出来ないからです。ポスドクは経済的に
も不安定で、同僚の中には専業主婦の奥さんがいても、身分が安定するまで子
供は持たない人もいます。

 ポスドクの増加や雇用形態の多様化は歓迎できることです。子育てが一段落
する35歳を過ぎて何らかの職を得る見込みがあればですが。周辺を見渡して
もポスドクは本人だけでなく家族にとってもしんどい状況のように感じます。
ポスドクを家族に持つ妻や夫の不安を取り上げていただけたらうれしいです。
 札幌市、学術研究員、萩野恭子(33)

    ◆

 女房と私は同じ職種で同じキャリアです。あるとき彼女が事業拡大のために
銀行に融資の話をしたら、私が保証人になるよう言われました。理由は、女性
は社会的信頼が低いからだそうです。憤りを感じましたが銀行員にそれを伝え
ても仕方ないので、それ以来、女性差別社会を乗り切れるよう、彼女の資産の
保護に努めています。差別は嫌ですが、資本主義社会では、経営者は投資家や
銀行から支持されなければ生き残れません。
 千葉市、会社経営、玉井清志(29)

 ◇日本は戦略を明確に

 若手研究者はさまざまな悩みを抱えています。私の場合、自分自身の研究能
力や将来の生活に不安を感じるというよりは、社会との接点を見いだせないこ
とにつらさを感じることがあります。研究者は好きなことをやっているのだか
ら、大変なのは当たり前だと思われるのは非常に不本意です。なぜなら多くの
研究者は社会貢献を目的に研究しているということも、また事実だからです。

 若手研究者の雇用問題だけでなく、研究者の社会における存在意義について
掘り下げて考えてほしいと思います。若手研究者の研究環境の問題はライフワー
クにしてもよいと考えており、自分が常勤職に就いても初心を忘れず、現在抱
えている問題を少しでも改善できればと思います。
 東京都調布市、博士課程学生(31)

    ◆

 息子は典型的な理科系で現在、東大で博士号を取るための研究中です。かつ
ては博士号を取ったらハーバード大かドイツの研究所へ留学したいという希望
を持っていました。
 しかし、学者になるためには外国暮らしは避けられません。私たちの元気な
うちに資格を取って将来性のある職に就いてほしいと話しましたら、「博士を
取ったら法学部に入って司法試験を受けてもいい」と言ってくれるようになり
ました。なりたかった科学者の夢を捨てさせるのは親としてつらいですが、
「動くほど損する日本」は本当にその通りだと思いました。
 三重県鈴鹿市、自営業、女性(52)

    ◆

 日本の科学技術に対する戦略が明確でない。世界的には博士を取ったら他大
学、組織、各国に他流試合することが多い。しかし、今は気概のある日本人学
生は海外ではあまり見ない。また、ポスドクの多い分野では、国内の安定した
地位だけを狙い、海外にも行かない。ポスドクの地位を得ても国際経験や継続
交流なしに居座り、まあまあの研究でいいという風潮が強い。国際化はこの次
元でも必要だ。この問題に言及せずに国策だけ批判しても、先が見えない。

 国は、視野の広い研究者や組織からの意見を着実に実行する。持ち込む意見
が独善的で、特定分野の意見であれば、今後の実行策にも大いに問題がある。
 山口市、理学博士、三浦保範(58)

 ◇「強み」生かした取り組みも−−京大、縄張り破り人材集う

 分野も国籍も違う人材が、ある目的の下で一定期間、力を合わせる。流動化
の「強み」を生かした取り組みが、京都大学で進んでいる。

 井手亜里・国際融合創造センター教授(53)は微量元素分析の専門家。地
場企業の大日本スクリーン製造が開発したスキャン技術を、文化財の保存や修
復に活用する構想に挑む。

 この技術は、対象に触れずに可視光で精密なコピーが取れる。持ち運びでき、
大型のものにも使えることから、寺社のふすま絵や大型の古地図などに活用で
きるはずだ。科学技術振興機構(JST)が協力し、産学官の共同研究チーム
が昨年秋、発足した。

 プロジェクトの期間は3年間。スキャナーを製品化の手前まで持っていく。
得られた精密な画像から、修復に欠かせない絵の具の種類を推定する技術を開
発することも狙う。

 メンバーの得意分野はさまざま。JSTから参加した中西陽子さんは、大学
で美術を学んだ。井手研究室のロラン・ジラード客員助教授(32)はフラン
ス人で、中世の書籍の修復が専門。推定ソフトの開発は、大学院生の片山朋子
さん(23)=機械理工学専攻=が中心になって進める。成功すれば、経験と
勘に頼る部分が多い文化財修復の技法を、修復師を目指す若い世代に教える補
助教材にもなる。「考え方も感性もまったく違う人たちと出会え、面白い経験
をしています」と片山さん。

 指揮をとる井手さんも、イランで生まれ、18歳で来日し、研究者になった。
日本の研究界を「工学、芸術、医学など、研究者が自分で縄張りをつくり、そ
こから出られなくなっている」と指摘し、研究分野の垣根を越えた交流の大切
さを訴える。【元村有希子】

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