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『朝日新聞』2005年12月9日付

私の視点     東京大総長 小宮山 宏

◆科学技術予算 総額明示で未来を開け


 来年度予算の政府原案作成に向けて、霞が関は熱気に満ちていることであろ
う。しかし、その熱気は過去とは趣を異にする緊張感に満ちたものであるに違
いない。

 90年代初めから続く税収減、歳出増、国債発行額の増加という流れのなか、
歳出を厳しく見直す方針が閣議決定されており、11月末に財政制度等審議会
から提出された来年度予算編成に関する「建議」でも、「あらゆる歳出分野に
おける改革に聖域なく取り組むことが求められている」と指摘されている状況
にあるからである。

 しかしながら、あらゆる歳出を縮小することで、本当に日本は元気を回復で
きるのであろうか。この時期にこそ、政府が中長期的視点をもって科学技術へ
の投資を拡大すべきである、と私は確信している。

 日本は、天然資源に乏しい小さな国土に世界第二の経済を擁する先進国であ
るために、他国に先駆けて課題が顕在化する。少子高齢化、海外への高いエネ
ルギー依存度、環境問題など、いずれもこうした文脈でとらえることができる。
「課題先進国」なのである。

 これは我が国にとっての試練ではあるが、逆に大いなるチャンスでもある。
遅かれ早かれ、他国もこうした課題に見舞われるのだ。私たちが新しいモデル
の創出によってソリューション(解決策)を生み出すことができれば、つまり
イノベーション(技術による社会の革新)に成功すれば、それが日本の新しい
国際競争力の源泉となることは疑いない。イノベーションの源泉は、まさに科
学技術にある。

 米国政府の科学技術予算は00年度以降、年平均10%を超える伸び率を示
している。中国では19%、韓国においても14%を超える伸び率である。多
くの国が科学技術を勝負どころと考えているのだ。

 これに対し、日本では、科学技術予算の伸びは年平均1.7%にとどまって
いる。国内的にみれば、苦しい財政事情のもと、例外的に優遇され、予算が増
えてきたのは事実だが、グローバリゼーションの流れのなか、国際的視点が不
可欠なのではないだろうか。

 もちろん、科学技術振興費について、より効率的な予算配分や使い方、また、
納税者へのわかりやすい説明と関心の喚起のために、研究機関と政府が協力し、
工夫し、努力していかなくてはならないことは言うまでもない。

 そうした中、来年度から5年間の「第3期科学技術基本計画」がスタートす
る。第1期、第2期では、5年間の科学技術予算の数値目標が明記されてきた。
第3期についても、引き続き数値目標を設定する必要がある。

 数値目標を設定することは、日本政府の科学技術に対する投資への姿勢を、
5年間で日本政府が行うべき研究開発投資の総額という明確な表現で国内外に
示すことにほかならない。それは日本の研究者及び産業界の士気を高め、また、
海外から優秀な研究者を引き寄せることにもつながる。日本発の知の結晶がこ
れからの日本を支えるのである。

 いま科学技術への支出を増やすことは痛みではあるが、痛みに耐えて、日本
の未来、そして21世紀の地球の未来を切り開くことが必要ではなかろうか。
これこそ小泉首相が就任当初の所信表明演説で引用して国民の共感を生んだ
「米百俵の精神」そのもであろう。