新首都圏ネットワーク
  トップへ戻る 以前の記事は、こちらの更新記事履歴

『読売新聞』2005年12月5日付

大学は、いま 連載III 第3部 産学連携

<2> 食い違い


特許料の「トゲ」 支払い巡り契約難航も

 「産学の共同研究に刺さったトゲ」

 慶応大知的資産センター所長の清水啓助教授は特許料の支払いを巡り、約1
年半前から一部の大学と大企業の間で生じている摩擦を、こう表現する。

 企業との共同研究で共有特許が生まれた場合、大学は特許を使って製品化す
るなどして利益を上げる組織ではないため、教員への報償や学内の研究費など
として、企業からの特許料が欲しいと考える。

 もともと共有特許を双方が使うのは自由で、企業同士では通常、特許料のや
り取りは行わない。特許料支払いが製品コストに反映され、市場での競争力を
弱めるといった懸念もあり、法的義務のない支払いに難色を示す企業もある。

 昨年秋、京都大は共同研究契約を結ぼうとしていた大手自動車会社から「特
許料は支払わない。それを認めないなら共同研究はしない」と告げられた。

 契約書に特許料請求に関する規定を入れるのが京大の基本方針だが、企業の
姿勢は硬く、規定を外さざるを得なかった。産学連携を担当する松重和美・副
学長は「共同研究ができなくなる事態は避けたかった。研究終了時に一時金と
して特許の対価をもらう方法もある」と言う。

 こうした例は京大だけではない。経済産業省が産学連携が活発な20大学に
アンケートしたところ、多くの大学で電機や自動車などの一部の大企業と、こ
の問題で契約交渉が難航していることがわかった。

 大学と企業との共同研究は昨年度、1万件を超えたが、関係者は「産と学の
意見が食い違うケースは100件は下らないだろう」と見る。

 清水教授は「企業に勤める研究者の発明に企業が対価を払うことは法律で義
務づけられている。大学教員への配慮も欲しい」と大学側の思いを代弁する。

 慶応大も、特許を使って企業が得た利益の一部を還元するよう求めていると
いう。「『製品に対する貢献度を勘案して額を決めたい』と説明すれば、納得
してくれる企業も多い。こちらが欲しいのは、ささやかなものなのだから」

 この問題が浮上してきた背景には、昨年4月の国立大の法人化がある。

 法人化前の国立大には文部科学省から企業との共同研究契約書の「ひな型」
が示され、特許料支払いの規定が盛り込まれていた。

 しかし、特許は原則として教員に帰属したため、大学と企業の共有特許は少
なかった。大学は教員個人の発明や特許の扱いには関与せず、企業は奨学寄付
金や共同研究の継続といった「見返り」で教員の貢献に報いる例も多かったと
いう。

 法人化を機に教員の特許は原則、大学に帰属することになった。大学が組織
として特許料を請求する立場を取る一方、契約方法は各大学の裁量に任された。
ある国立大教授は「企業は大学にもの申しやすくなった」と苦笑いする。

 東京で先月開かれた産学官連携サミット。岡村正・東芝会長は「将来の発明
に対し、契約段階で(特許料を)算定して取り決めるのは極めて難しい」とし、
電機業界の特殊事情として「事業に直接結びついて成功する発明は千に三つ。
製品化までに膨大なコストと時間がかかる」と大学側の理解を求めた。

 経産省によると、特許料の支払いに関する協議を特許の出願時点まで延期し
たり、研究費の増額分を特許料の対価として受け入れたりするという選択肢を
用意して交渉する大学も増えているという。

 清水教授は強調する。「大学が産業界にとって魅力ある研究を行い、産業界
も大学の研究を育てる。『トゲ』を抜くには産学双方の努力と柔軟性が必要だ」