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『読売新聞』2005年12月2日付

大学は、いま 連載III 第3部 産学連携

<1> 「知」を社会へ
量から質へ転換 高いレベルの成果必要


 大阪府立大中百舌鳥キャンパスの研究棟の一角にある実験室。所々黒ずんだ
パイプやタンクなどからなる過熱水蒸気発生装置を使った研究が、「水で焼く
オーブン」で知られるシャープの大ヒット商品「ヘルシオ」の開発につながっ
た。

 約10年前から高温の水蒸気で猛毒のダイオキシンを分解する研究をしてい
た宮武和孝教授に、シャープから共同研究の話が持ち込まれたのは2001年
夏。

 300度の過熱水蒸気を食品に噴射して調理する業務用のシステムを家庭で
実現するため、熱効率をアップする研究を積み重ねた。過熱水蒸気が食品の脂
や塩分を落とす効果をデータで裏付けるなど、大学ならではの貢献で商品の特
性にお墨付きも与えた。

 産学連携の成功例と言われる。宮武教授は「技術ニーズと研究のシーズ(種)
がうまく合致した。目標をはっきりさせ、商品化の最終段階まで協力すること
が成功の秘訣(ひけつ)」と話す。

 米国での成功をモデルに政府主導で進められてきた産学連携。大学の研究成
果を特許にして企業に技術を移転する「技術移転機関」の制度ができた199
8年以降、本格化した。

 04年度に行われた大学と企業などとの共同研究は1万728件。国立大で
は5年間で3倍、企業からの共同研究費も約65億円から約219億円に伸び
た。文部科学省技術移転推進室は「連携の裾野(すその)は着実に広がりつつ
ある」と言う。

 背景には、大学に社会貢献が求められていることや、少子化による大学の収
入減、国の財政難がある。外部資金の導入は大学の大きな課題になっている。

 経済産業省が今年6月にまとめた「大学ランキング」がある。企業が産学連
携活動を評価した上位10大学。1位は立命館大、2位東京農工大、3位徳島
大だった。連携が活発な企業123社に、共同研究やライセンス契約などの各
事例を3段階で評価してもらい、大学ごとに点数化した。

 契約件数では東京大や大阪大などの有力大が上位を占めるが、ランキングに
は企業から見て満足度の高い大学が並んだ。立命館大びわこ・くさつキャンパ
スで連携の窓口、リエゾンオフィスの室長を務める中谷吉彦教授は「連携の質
が高く評価された」と喜ぶ。

 同大学のリエゾンオフィスの特長は、相談者を"たらい回し"にしない「ワン
ストップサービス」。共同研究や技術移転、国の支援制度に関する情報提供な
ど、あらゆる要望に応える体制を整える。スタッフは技術のシーズとニーズを
発掘するため、大学の研究室や企業に足しげく通う。

 「『大学は敷居が高い』と思われてはだめ。企業と信頼関係を築けるかどう
かが連携の成否を左右する」。同オフィスの野口義文課長は力説する。

 大阪大では、今年末の完成を目指して新しい研究棟の建設が進んでいる。大
学に産業創出拠点をつくる「インダストリー・オン・キャンパス構想」実現へ
の舞台の一つだ。

 構想の柱は、企業に資金と研究員を投入してもらう「共同研究講座」制度の
導入。研究員と教員が密接に接触しながら先端技術の開発にあたる。新研究棟
にできる14室のラボは、企業の"サテライト研究室"としても利用できる。

 国立大と企業との共同研究が急増する一方、1件当たりの研究費は230万
円前後と、近年ほぼ横ばい。「研究員一人の人件費に満たない額で技術革新が
期待できるのか」との声もある。阪大でも昨年度は平均380万円、共同研究
約300件のうち1000万円以上は1割に満たない。

 馬越佑吉副学長は「企業に大規模な『投資』を行う意欲を持たせる取り組み
が必要だ」と語る。

 「大学が単に技術のシーズを提供するだけでなく、企業と大学が一緒に課題
を設定する時代が来た」

 東京で先月開かれた産学官連携サミットで小宮山宏・東京大学長は強調した。

 大学や企業の幹部らが参加するサミットは今年で5回目。数字上の産学連携
の進展を踏まえ、より多くの技術革新や具体的な成果を生み出す連携の在り方
を求める発言が相次いだ。

 量の拡大だけでなく、質の向上へ。日本の産学連携の真価が問われ始めた。