トップへ戻る  以前の記事は、こちらの更新記事履歴
新首都圏ネットワーク

『毎日新聞』2005年11月16日付

理系白書’05:第3部 流動化の時代/3 任期後の受け皿、少なく


 <壊そう、文理の壁>
 ◇いい人材、確保のために転職支援

 理化学研究所脳科学総合研究センター(埼玉県和光市)は、日本最大の脳研
究の拠点だ。深井朋樹グループディレクター(47)は昨年、私立大教授から
任期付きのこのポストについた。

 着想、類推、判断といった脳の複雑な機能をつかさどる基本的な原理を、理
論面から模索している。高度な人工知能や脳型コンピューターにもつながる研
究だ。

 「研究に専念できる環境が理研にはある。年齢的にも最後のチャンスと考え
た」と深井さん。大学では教育が重視され、講義や論文指導に追われた。理研
ではその義務はない。知名度が追い風となり、企業との共同研究や学会講演の
依頼も舞い込む。しかし、終身雇用の教授時代とは違い、5年の任期が終わっ
た後は「業績次第」である。

 理研では、雇用する研究者約3000人の85%が任期付きで働いている。
比率では国内でも群を抜く。昨年度は280人が任期を終えて理研を去った。

 問題は、任期を終えた後の行き先が簡単に見つからないことだ。大学教員に
なるには「教えた経験」という要件がネックになる。民間企業への就職は数え
るほど。海外に職を求める人も少なくない。

 理研は来年1月、「キャリアサポート室」を発足させ、転職支援に乗り出す。
「優れた人には長くいてもらい、一方で辞めていく人の職探しも支援する。任
期後に責任を持つことは、いい人材が来てくれることにもつながる」。宍戸博・
人事部次長は強調する。

 今春には、終身職の研究者に年俸制を導入した。退職金分を毎年の年俸に上
乗せして払うため、長く居続けるメリットは事実上なくなる。流動化を促す工
夫だ。

 深井さんの年収は、転身前より約3割増えた。それは「任期制」という不安
定さへの補償でもある。「漠然とした不安はある。日本は受け皿が少なすぎる
し、やり直しがきかないですから」

 理研ゲノム科学総合研究センター(横浜市鶴見区)の林崎良英・プロジェク
トディレクター(48)は、ヒトゲノム(人間の全遺伝情報)を使って、謎の
多い生命機能を調べている。約200人のスタッフの管理に加え、外国との共
同研究や政府との折衝など、国内外を忙しく飛び回る。98年のセンター発足
時、別部署での終身職を辞職して今のポストについた。「1年契約、毎年更新」
の任期雇用だ。

 林崎さんの手腕に注目した海外の企業から、ケタ違いの報酬で引き抜きの打
診が来たこともあるが、断った。「僕にとって大事なのは、ずっと研究できる
環境ですから」

 現在の環境も、永続する保証はない。任期や評価に追われて馬車馬のように
働く人たちがいる一方で、終身雇用に安住する人たちの方が圧倒的に多い現状
には納得がいかない。「どんな制度でも、できる人はできる。業績が悪ければ、
終身職でも解雇すればいい。人の能力より雇用制度を重視するようでは、独創
的な成果は生まれない」と厳しい。

 農林水産省所管の森林総合研究所(茨城県つくば市)は453人の研究職員
全員が終身雇用。総務省の勧告を受け入れ、任期制を導入する。

 宮崎良文・生理活性チーム長(51)は、木材や森林が人体に与える影響を、
だ液中のホルモンや脳内物質から調べている。森林浴が人間をリラックスさせ
る効果を科学的に実証しつつあり、研究所が獲得する競争的研究資金の1割近
くを、宮崎さんのチームが稼いでいる。

 研究チームは、研究費で雇う非常勤のポストドクター(博士研究員)も含め
て約20人だが、人手不足が悩みの種だった。「この分野に関心を持つ優秀な
人材を職員として採用したい」と、任期制に期待を込める。

 しかし大熊幹章理事長は「林業の研究者の就職先は極めて限られる。任期制
は時代の流れだが、任期満了後の就職先が思うように確保できない」と戸惑い
も見せる。【元村有希子、中村牧生】

……………………………………………………………………………………………

 「理系白書」へのご意見はrikei@mbx.mainichi.co.jp。その他の記事へのご
意見、ご質問はtky.science@mbx.mainichi.co.jpへ。ファクスはいずれも03・
3215・3123。