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新首都圏ネットワーク

『毎日新聞』2005年11月9日付

理系白書’05:第3部 流動化の時代/2 教授も「必死」の任期制


 <壊そう、文理の壁>
 ◇若手には活躍のチャンス広がる

 目の前に居並ぶ8人の審査員。半数は学内、残りは外部の研究者だ。「再任
申請書」に添えた資料は、7年間の任期中の研究・教育活動の紹介で、200
ページもの厚さになった。学会講演より念入りに準備した。

 「私のクビが飛べば、研究室の仲間が路頭に迷う。必死でした」。筑波大先
端学際領域研究センターの山本雅之教授(51)=分子発生生物学=は、今年
1月に初めて経験した再任審査をこう振り返る。

 同センターは、「大学の教員等の任期に関する法律」施行翌年の98年、教
員の任期制を導入。センターの専任教員12人は、終身雇用と縁を切った。
「競争主義」を掲げ、大学に任期制の波が押し寄せている。

   ■   ■

 オホーツク海からの寒風が、広大なタマネギ畑を駆け抜ける。北海道北見市
にある北見工業大も04年春、法人化と同時に新規採用教員を任期制とした。
それまで終身雇用制だった現職教員にも希望者が増え、現在は約150人の6
割が任期制を選ぶ。

 川村みどり助教授(38)=電子材料=は昨年秋、助手から昇任した。北海
道大で博士号を取り、94年、助手に採用された。任期制導入に伴い、人件費
の総枠は守りながら、助手から助教授、助教授から教授への昇任が随時受け付
けられるようになり、川村さんが昇任第1号になった。教授−助教授−助手と
いうピラミッド形の組織では、なかなかかなわなかった待遇だ。

 助手時代の終身雇用権は失ったが、「研究費が限られた助手時代と違って、
学会出張に自腹を切ることがなく、講義を通じて学生から学ぶことも多い。今
は任期制への不安は感じていない」と話す。

 常本秀幸学長は、任期制導入の動機を「小さな地方大学が生き残るためには、
意識改革が欠かせない。クビを切るためではなく、教員に緊張感を持たせるた
めだ」と話す。

 教授と助教授の任期は5年。ただ、2度目の任期終了時の審査で認められれ
ば、終身雇用権が手に入る。任期制を選ばなかった教員に比べ、研究費やボー
ナスの増額も期待できる。

 「導入後、活性化した」と評価する学内の人が多い。企業などとの共同研究
に取り組む教員や、国際会議への出席回数が増えた。学内の発表論文をまとめ
た冊子のページ数は、全学で年数ページだったものが、各学科1ページ以上に
なった。

 米国の大学での研究経験がある羽二(はに)生(う)博之教授(50)は
「今までのんびりしすぎだった。ようやく互いに切磋琢磨(せっさたくま)し、
努力する環境になった」と言う。

   ■   ■

 しかし、北見工大のように任期制が順調に導入されているのはごく一部だ。
「息の長い基礎研究ができなくなる」「不安定な条件では人が集まらない」と
の理由で反対が根強い。

 九州大では、任期制を選ぶ教員が全教員の半数に達しているが、理学部は導
入に反対している。小田垣孝学部長は「研究や教育には時間がかかる。任期に
追われる環境はなじまない。私も10カ所近い職場を経験し、流動性の向上に
は賛成だが、一律的な任期制だけで流動性が活発化するわけではない」と訴え
る。

 一方、梶山千里学長は一層の競争的な環境を求める。「九大を含め、任期制
の多くは再任を認めている。これでも不十分なくらいだ。契約制で期限付きの
ポストを増やし、研究者が自由に自分を売り込める環境を全国レベルで作るべ
きだ」

 文部科学省の調査によると、任期制を導入した大学は約35%だが、実際の
教員数では国立大で9%、私立は3%(03年10月現在)にすぎない。職種
も助手、助教授がほとんどで、「若手ばかりが苦労させられる」との批判もあ
る。

 筑波大で2度目の任期を迎えた山本さんは「研究の世界に、健全な意味での
競争は欠かせず、任期制など競争主義の環境に身を置くことは避けられない。
たとえベテラン研究者であっても、終身職であっても、定期的に第三者の評価
を受けることを当たり前にしなければ。これが『世界基準』ですよ」と言う。
【永山悦子、西川拓】

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