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新首都圏ネットワーク

『東京新聞』2005年10月7日付

骨太の方針スジ違い?
消防研究所まで廃止へ


 やけっぱち解散の末、大勝した小泉首相は所信表明で国家公務員の純減目標、
総人件費の削減を宣言。六日にも国と地方の公務員定員の純減目標について十
年間で20%削減を指示した。しかし“骨太の方針”で減らせと言っても防災
面で国の中枢を担う独立行政法人「消防研究所」までなくすのは「筋違いでは」
との現場の声が。その事情を探ってみると。 

 「もう(廃止は)決まってしまったので、その中で国の防災にとってよりよ
い方法を探すしかない。しかし、もし研究機能が低下したら国にとってもマイ
ナスだ」。総務省消防庁の担当者は戸惑いを隠さない。

 総務省の担当者も「研究者と研究所は残したい。要員の五割削減は、政府の
行革方針として決まっていたこと。危機管理機能の強化と人員の削減を両立さ
せる方法を探っているが難しい」と頭を悩ませる。

 東京都三鷹市にある「消防研究所」は一九四八年に設立された、唯一の国の
防火、防災研究機関。自治省(当時)消防庁の施設だったが、二〇〇一年、職
員の身分は公務員のまま、独立行政法人に移行した。

■消防庁に統合 人員は半分に

 職員数は約五十人で、うち約三十五人が研究員。一昨年の北海道・苫小牧の
燃料タンク火災、三重県のゴミ固形燃料発電所の爆発など、特殊な火災現場に
研究員が赴き助言をするなど、活動は室内での研究にとどまらない。昨年の新
潟県中越地震で、土砂に埋もれた車の中から男児を救出した際にも、研究員が
現場で土砂崩落の危険性を見極めレスキュー隊員に助言した。最近ではNBC
(核、生物、化学)兵器やテロ発生時の対応まで迫られているという。

 政府の「骨太の方針」では、五十六の独立行政法人が本年度末までに組織、
業務を見直すことになっている。消防研究所もその対象で、昨年末、「消防庁
に統合・吸収」し、「移行する要員数は五割をめどに削減する」方針が決まっ
た。来年の通常国会を経て、半世紀の歴史を持つ消防研究所は、来年春に消滅
する見通しだ。

 政府の方針は、独立行政法人の原則非公務員化だが、消防庁は反発。危険な
災害現場で警察官や消防隊と行動を共にし、火災原因調査や立ち入り検査の権
限も持っているのに“民間人”では困るからだ。公務員の身分確保のために消
防庁は「国に戻れるけど人員は半分」という厳しい条件をのんだ。まず五割削
減ありきの乱暴さがうかがえる。

■内定取り消し研究者移籍も

 研究者出身の室崎益輝理事長は「機械的な改革ではなく、大所高所にたって、
できるだけ必要な研究は残せるよう、配慮をお願いするしかない。やめざるを
得ない研究は他の大学や研究機関に引き継いでもらいたいが、実態として受け
皿はない。われわれは国民の命を守るという他に代え難い研究をしてきた自負
はある。国民の皆さんにも、大切な防災研究の将来が危ぶまれていることを理
解してほしい」と訴える。

 組織の廃止と人員削減が決まり、アメリカでの研究実績のある研究者を採用
する予定だったが、内定を取り消した。他の研究所に移ってもらった研究者も
いる。残っている職員は当然、不安を抱えているが、「他の大学の誘いには乗
らず、みんなで消防庁に帰ろう、そのために最大限努力するからと職員には言っ
ている」と痛切に語る。

 ある総務省の職員はこう訴える。

 「各省横並びで、最低一つは独立行政法人にしなきゃいけなかったので、小
所帯の旧自治省には消防研究所しか該当組織がなかった。今回の人員の五割削
減も、それぞれの業務を精査して出した数字ではなく、自民党が決めたこと。
他にもっと削るべき組織があるのに、公務員でいたいなら人を半分にするなん
ていじめとしか思えない」

 ことし七月下旬、東京都足立区で震度5強の地震が発生するなど、首都圏で
はひたひたと大地震発生の恐怖を感じる今日このごろ。政府の地震調査委員会
では南関東一帯で、今後三十年間にマグニチュード(M)7級の地震が起きる
確率を70%と評価。中央防災会議も首都直下型地震発生の場合、最悪で約一
万一千人の犠牲者を想定している。

 こうした中、災害時の救命救急を研究する消防研究所の廃止は関係者や学識
者にどう受け止められているのか。

 日本火災学会は、消防研究所の消防庁への“出戻り”について、今年五月の
総会で、こう決議している。

 「研究所は、火災・消防防災に関するわが国唯一の総合的な研究組織。これ
まで研究に従事してきた人員を大幅に削減する方向性が示され、研究所が果た
してきた消防防災の基礎的な分野での研究推進の役割が損なわれるのではない
か」

 京都大学の巨大災害研究センターの河田恵昭教授は、同研究所と、文科省所
管の独立行政法人・防災科学技術研究所(防災研)との統合が構造改革の流れ
の中で俎上(そじょう)に載せられた経過に触れ、こう指摘する。「消防研究
所は、防災研との統合に強く抵抗した。そうしたら、見せしめ的につぶす方向
になった。無謀だ。災害多発時代であり、お金の問題ではない」

 さらに、先の米国でのハリケーン・カトリーナによる大規模な災害で、米政
府が連邦緊急事態管理局(FEMA)の独立性を奪っていたことや、災害対策
費を削っていたことが問題となったことにも言及し、「同じようなことになる
懸念がある」とも指摘する。

 一方、東海地震を予知する政府の地震防災対策強化地域判定会の溝上恵会長
は研究機関の統廃合問題について一般論としてこう強調する。

 「国の財政難の中で、研究機関の統廃合はすでにあちこちで始まっており、
消防研究所だけの問題ではない。肝心なのは、研究機関の実質的な機能が残る
かどうか。職員の人数だけの問題ではない」

 火災科学が専門の諏訪東京理科大の須川修身教授は「研究所の機能を国に戻
すことで、半官半民の状態よりは、調査権が強化され、より安全に資すること
になるのなら、それはそれで良いのではないか。ただ、機能のどの部分を切り
離すか、そこはしっかり考えないといけない」との見方を示す。

 前消防研究所理事長で、千葉科学大学学長の平野敏右氏はこう複雑な胸の内
を明かす。

 「国民の安全に資する研究を主目的にする研究機関の予算や人が最初に削ら
れるというのは、削る順番が違う。他に削らなければいけないところはある。
ただ政府の独立行政法人には、いらない部分は削り、適切なところに人員を配
置することも必要だろう」

 慶応大学の金子勝教授は今回の消防研究所の消防庁への統合、縮小方針をこ
う危ぶむ。「まずFEMAのケースを連想する。小さな政府と言って、災害リ
スクを軽視し、結局、惨事につながるのではないか」

■チグハグ対応 官僚を肥大化

 さらに「独立行政法人の統廃合で、何が重要で、何が重要でないか、残すべ
き基準がはっきりしていない。一方で、国立大学を形だけ独立行政法人化し、
国会のチェックなく、所管官庁が補助金をつぎ込むなど、官僚の権限を肥大化
させている」とチグハグな対応を批判する。

 ある内閣府の職員はこう漏らす。「うちの経済社会総合研究所では国内総生
産(GDP)速報を四半期ごとに出すが、二年程度で異動する多くが素人の寄
せ集め。こういう仕事こそ民間のシンクタンクに委託し、スペシャリスト集団
の消防研究所は重要視されるのが筋。ピントが外れた小泉改革は修正されるべ
きだ」