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新首都圏ネットワーク

『科学新聞』2005年7月1日付

「知の大競争時代」を迎えて
文科省がシンポ開催
多数の参加者 活発な討論を展開

 科学技術振興調整費シンポジウム「知の大競争時代を先導する科学技術戦略」
(文部科学省主催、後援・日本工学会、日本医学会、日本農学会)が22、23日
の2日間、多くの参加者を集め、早稲田大学井深大記念ホールで開催された。
講演に先立ちあいさつした小島敏男・文部科学省副大臣は「知の大競争時代に
対応するため、文部科学省としてもキチンと対応していきたい」と決意を述べ
た。その後、井村裕夫・科学技術振興機構顧問による基調講演が行われた。ま
た、先端融合分野への戦略的対応、科学技術リテラシーの向上とアウトリーチ
活動、イノベーション創出のためのファンディング、という3つのテーマでそ
れぞれ討論会が開催され、活発な議論が行われた(討論会の概要は次号掲載)。

基調講演「未来への鍵、科学技術と人材育成」
井村裕夫・科学技術振興機構顧問(科学技術振興調整費運営統括)

 知識社会における国家戦略として重要なことは、(1)知の創造(研究の推進)、
(2)知の確保(知的財産確保のための施策)、(3)知の活用(産業・応用への展
開)である。わが国においても、1995年に科学技術基本法、2002年には知的財
産基本法が制定され、科学技術基本計画を始め様々な施策が導入されて、知識
社会に対応するための国家戦略が進められつつある。

 3つの知の戦略の中で、最も難しく、短期間で効果をあげにくいのが知の創
造であろう。新しい知を生み出すためには、創意に富んだ人材と、その人材が
存分に働くことのできる環境と、創造を尊ぶ研究環境と知的伝統が必要であり、
それらは一朝一夕に形成されないからである。わが国では明治以来、西欧文明
の導入に心血を注いできたが、それらは技術に偏っており、科学的精神をどこ
まで学ぶことができたか問題である。

 第2期科学技術基本計画では、知の創造と活用により世界に貢献できる国、
国際競争力があり持続的発展ができる国、安心・安全で質の高い生活のできる
国、という目指すべき国の姿を示した。また、幾つかの数値目標を設定した。
政府研究投資(地方含む)は対GDP比1%を目標にして5年間で24兆円。競
争的研究資金を倍増し同時に開設経費30%の達成。国立大学等の施設整備600万
平方メートル。目標は達成できなかったものの、政府研究投資は増え、施設の
整備もかなり進んだ。また、基礎研究費も着実に増えている。

 そのアウトプットを見てみると。日本の論文数シェア、被引用数シェアは着
実に上がっているが、トップ10%論文では、アメリカ、イギリス、ドイツに次
いで第4位。トップ10%論文のうち、伸びの著しい分野は材料科学と物理学で、
あまり振るわない分野は数学、計算機科学、環境・生態学、臨床医学(患者指
向型研究)である。患者指向型臨床研究が不振な理由として、研究者の意識、
研究を支援するチーム(臨床統計家、データマネージャー、リサーチナースな
ど)の不備、研究費の不足、学界や人材登用の際の評価が低い、社会の協力が
困難、制度の不備などがあげられるが、現在でも取り組めることは多くある。

 デイビッド・キングなどによると、日本における研究の費用対効果は世界で
最も低いという。政府研究費の硬直性、競争的資金制度の問題、若手研究者の
自立性が不十分なこと、わが国の精神的風土など、多くの課題がある。

 こうした状況のもと、第3期科学技術基本計画を考えるにあたっては、過去
10年間の国内外の環境の変化を考えなければならない。急速に発展しつつある
領域、社会的・経済的インパクト、EU諸国や中国などの国際動向、様々な要
素を考慮して、重点領域の再検討が必要になるだろう。その際重要なことは、
戦略的研究の推進と基礎研究の効果的活用であろう。

 また、システム改革については、教育改革(創造性のある人材の育成)、大
学改革(若手人材が活動できる環境)、競争的資金制度の改革(適切な資源配
分)が必要である。教育改革については、関心を育て個性を伸ばす初等教育、
中等教育では受験シフトへの対策と飛び級の導入、学士課程では教養教育とイ
ンターンシップ、大学院では研究者の育成教育、社会人のための継続教育など
が必要。

 競争的研究資金制度改革では、配分機関の確立、PD・POの充実、資金制
度そのものの改革、ピアレビューの限界とハイリスク研究への対応を考慮した
評価のあり方、キャリーオーバー制度や研究費の効果的活用など、総合科学技
術会議の司令塔としての役割が期待される。

 1年を思う者は花を植えよ、10年を思う者は木を植えよ、100年を思う者は人
を育てよ。