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新首都圏ネットワーク

『読売新聞』2005年7月3日付

沖縄発 「大学に風穴」


 ノーベル賞受賞者の利根川進・米マサチューセッツ工科大(MIT)教授は
現在、同じくノーベル賞受賞者のジェローム・フリードマンMIT教授らと共
に、沖縄大学院大の開学準備を手伝っている。

 ◆米型運営で研究の質向上

 沖縄大学院大は、世界最高水準の自然科学系研究拠点として、2007年度
を目標に沖縄県恩納村に開学する計画だ。生物学、物理学、医学といった学問
領域の垣根を取り払い、複雑な生命の仕組みを解明する「生命システム」を研
究分野の中心に据えることや、初代学長にノーベル賞受賞者のシドニー・ブレ
ンナー米ソーク研究所教授を起用することがすでに決まっている。

 利根川氏は「たとえばMITの運営の根幹は評議会が行う。議員の多くは社
会に出たMITの卒業生で、彼らが学長を任命する。僕たちは沖縄大学院大を
米国型の運営にしたいと考えている」と抱負を語る。

 利根川氏らの狙いは、沖縄大学院大を通じて、日本の大学制度に「風穴」を
開けることだ。

 国立大学は昨年4月に法人化された。国の機関から切り離され、裁量が拡大
したことで、産学官連携の拡充や大学発ベンチャーの増加など法人化の成果が
表れてきている。大学運営の面でも、幅広い分野からの人材登用や学長の権限
強化など、改革のメスが入れられているが、実情は、まだ現場レベルまで十分
に浸透しているとは言い難い。

 特に、大学の「守旧的性格」の象徴とも言えるのが、講座制である。

 原則は「教授1、助教授1、助手1〜2」。専攻分野ごとに編成される教員
組織の最小単位だ。

 導入されたのは明治時代。教授の責任を明確にして、教育研究を伝承しなが
ら深く究めることが目的だった。一方で、「教授支配」が強まり、多様化する
学問分野に柔軟に対応できないなどの批判も多く、文部科学省は2001年、
柔軟な組織編成を可能にする制度改正を行った。が、4年たった今も、講座制
は医歯学系を中心に根強く残っている。

 米カリフォルニア大バークレー校の外部諮問委員を務める牧本次生・元ソニー
顧問は批判する。

 「米国では、大学の教員は実績をきちんと説明できなければ、研究資金を獲
得できず、大学にも残れない。日本では、いったん教授になってしまえば、毎
年同じ講義ノートを読むだけでも、身分は生涯保障される」

 講座制の弊害について、ある東大教授は言う。

 「古い講座をスクラップできない。新しい講座を作る時、既存の講座の助教
授や助手を減らして対応してしまう。だから、今や『教授1、助教授1以下、
助手1以下』という講座ばかりだ。助教授らにすれば競争相手がいないので、
いずれ昇格できると思って自己研さんしない。そんな組織はおかしくなる」

 戦前の反省から、戦後は「大学自治」が金科玉条となった。文部科学省も
「権力の介入」と受け取られることを気にし、大学改革にはつねに及び腰だ。
しかし、自治とは改革を怠る“防波堤”ではない。

 沖縄大学院大の開学準備について、利根川氏は「日本は『国の金を使うんだ
から国、すなわち役所がコントロールして当然』という意識が強く、なかなか
理想のものにならない」と指摘し、こう続ける。

 「でも、フリードマンたちも、自分の研究室に日本の若手研究者がいて、優
秀なのに日本に戻ると助手しか職がないとか、日本の大学制度のまずいところ
をよくわかっている。だから、彼らとは『中途半端なものを作るぐらいなら、
開学準備からみんな一緒に手を引こう』と話しているんだ」

 大学を国際化することも、制度に「風穴」を開けることも、日本が直面する
「知力の危機」を自覚できるかどうかにかかっている。