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新首都圏ネットワーク

『内外教育』2005年6月17日付

コラム

    《地方大学の行方》                    前福山平成大学長 大門 隆

 3年前、福山平成大に勤めることになり、西も東も分からぬ広島県福山市に
赴いた。同市は風格ある町並みに美術館や博物館があり、催し物も多く開かれ
る等、文化の薫り高い街で予想外だった。

 地元の強い要請で誕生した大学ということで、市民は親近感と共に文化の発
信基地として大切に扱ってくれているようで、恵まれた地方大学だと思う。だ
が、この数年少子化時代を迎え、近隣の多くの大学と同様に受験生確保が大き
な悩みの種となったが、地元の有形無形の協力と共に時代のニーズに応えた学
部の創設が功を奏して、最近ようやく正常に戻ったのである。

 しかしながら、入試の専門家等は「地元にある大学は少子化に加え、地元の
高校生の大都市志向の高まりによる影響を強く受けるのではないか」とみてお
り、このことは、地方大学にとって由々しい事態で、とんだ伏兵である。

 若者の大都市願望は昔からあったが、昔と今とでは社会の状況が一変してい
ることを高校生やその保護者によく知ってもらいたいと思う。大学を例に取っ
てみても、近年、地方に数多くの大学が設立されたので受験の選択の幅が広がっ
ており、また、大都市の有力大学に比肩する学校も増えているのだ。卒業後の
進路にしても、今ほど職業を自由に選べる時代は、かつてなかったのである。

 そこで、豊かな自然に恵まれ、人情も細やかな地方で十分に勉学し、実力を
磨いて卒業後大都市で活躍する途を選ぶ方が、経済的にみてもずっと得策では
ないだろうか。

 明治から大正時代にかけて、当時の為政者の先見の明によって、全国各地に
大学や旧制高校・専門学校が計画的につくられたが、その結果、各学校が送り
出した人材によって各地の文化や経済は発展し、今日大きな遺産として継承さ
れている経験に学ぶ必要があろう。大都市の大学に若者が集中し過ぎて地方の
大学が衰微しないよう、平成の為政者によくよく考えてもらいたいと思う。