トップへ戻る  以前の記事は、こちらの更新記事履歴

新首都圏ネットワーク

 

『科学新聞』200563日付

 

大学共同利用機関

法人化1年、機能低下懸念

 

松尾研究会、文科省へ報告書

体制強化へ一元化提案

 

 大学共同利用機関や大学附置の全国共同利用型研究所などは一法人にすべき

である松尾研究会(座長=井口洋夫・分子科学研究所名誉教授)が指摘した。

国立大学の法人化から1年2ヶ月を経て、大学本体は自主性や独自性を発揮す

る一方、全国共同利用型研究所などの機能低下が危惧されていることから、報

告書「新たな全国共同利用体制の確立に期待する」をまとめ、5月26日、文部

科学省に提出した。

 

 日本の大学には、限られた人材と資源を活用し効率的な科学研究を展開する

ための研究体制として、大学共同利用機関と大学附置共同利用研究所という制

度、またそうした形態をとらない目に見えない研究所システムがある。

 

 附置研究所は、明治時代に教育義務から離れて研究に専念する独立官制の組

織として設置された。一方、総合的な学問分野の発展を目指すため、特定大学

の影響を排除し文部省所轄で国立遺伝学研究所が創設される。また湯川秀樹氏

のノーベル賞受賞を受け、全国の理論研究者が共同で利用できる最初の大学附

置共同利用研究所として京都大学に基礎物理学研究所が発足する。その後、東

大の原子核研究所、阪大のたんぱく質研究所などが発足。流動研究員制度や客

員研究部門などによって、共同利用機能が充実してきた。さらに科学研究が高

度化・巨大化するに至り大学共同利用機関が設立される。

 

 一方、方法論も未確立で関連する分野も多く、多様な研究アプローチを要す

る領域やプロジェクトについては、特定の研究所に研究を集中させるよりも、

幾つかの研究機関や研究者チームが緩やかな連携体制を組みながら研究を進め

る方が適当である。科学研究費補助金などを活用して行われていたガン研究や

脳科学研究などは、この「目に見えない研究所」システムを活用して発展した。

 

 しかし、国立大学の法人化によって、これまで日本の学術研究を推し進めて

きた横の連携が危機的状況を迎えるようになった。法人化はいわば国立大学の

地方分権化であり、各大学は独自の経営戦略によって教育・研究・社会貢献を

果たさなければならない。その時、各大学の戦略に附置研究所の存在がキチン

と組み込まれなければ、機能低下は免れないだろう。

 

 そうした傾向の現れとして、研究組織の流動化を図る措置として研究所等を

中心にとられてきた客員研究部門や流動的研究施設、併任部門という制度が廃

止される。また、運営費交付金の配分は学内評価によって行われるため、学内

でも力が弱く地道な研究をやっている附置研究所への予算配分は削られる可能

性が高く、例えば東大地震研を中心とする全国の大学が持つ観測網のうち、末

端の観測所は縮小あるいは切り捨てられかねない。

 

 また、運営費交付金のうち、特別教育研究経費の一部は大学間連携により共

同研究を組織化するために計上されているが、実際には各大学の重点事項とし

て概算要求に入れなければならない。大きな大学ほど難しくなるだろう。

 

 もちろん、全国共同研究体制を整備するためには、(1)学長の十分な認識が得

られるよう研究者自身が努力する(2)全国共同研究計画を策定しインフラ整備な

ど必要な体制を整備(3)関係施策の体系化と財政支援規模の拡充(4)個々の研究

単位が特徴的・個性的であるといった条件が必要になる。また、分野の動向、

発展の仕方、国際化の進展、社会的要請によって、対象となる研究分野は常に

変化してくる。

 

 そこで報告書では、フランスの国立科学研究センター(CNRS)を参考に、

大学共同利用機関を基盤とする一法人としての新しい総合研究機構として再編

すべきとしている。概算要求が一本化できるほか、分野の進展によって弾力的

に組織の改廃が可能になる。イメージとしては、附置研究所は各大学に属する

と同時に総合研究機構にも属し、予算措置は機構が行うが人事は各大学に委ね

られる。見えない研究所方式も導入し、組織的な研究の推進を機構が先導する。

また報告書は、生物遺伝資源など知的所有権の共同利用化など、日本の学術研

究全体の底上げについての提言を行っている。

 

 今回の報告書はあくまでも松尾学術振興財団という一財団法人が出したもの

であり、政策的な強制力などはない。しかし、法人化によって生まれたあるい

は生まれつつある幾つかの問題について的確に指摘している。今後、文部科学

省がこうした課題について、どのような対応策をとるのかが注目される。