トップへ戻る  以前の記事は、こちらの更新記事履歴
新首都圏ネットワーク

『山陰中央新報』2005年5月10日付

談論風発 : 国立大学法人化1年/多い制約現場の苦悩続く
鳥取大学医学部長 井藤久雄


 二〇〇四年四月、国立大学八十九校は法人化され、教職員約十二万三千人が
公務員の枠外に置かれた。高等教育の観点からは「平成の大改革」である。一
年を経て、報道関係など外部の反応は多様だが、任期制導入、地域連携の取り
組みなど、大学の新たな試みを紹介し、おおむね好意的な評価を与えている。
文部科学省や大学関係者は法人化準備期間の不足にもかかわらず、何とか軟着
陸したことに安堵(あんど)している。

 教育・研究に加えて社会貢献が国立大学の新たな使命として重要視された。
長期にわたる景気の低迷に対し、大学をてこに産業創出へ結びつけようとする
政策である。鳥取大学では既存の地域共同センターに加え、新産業の創出を目
指した研究を促進するベンチャービジネスラボラトリーや知的財産センターを
設置。地域の産業界や経済界との連携を深める体制を整え、さらに東京と大阪
に事務所を開設した。一般社会からは大学の垣根が低くなった、と評価されて
いる。しかし、鳥取大学に限らず地方大学は苦戦を強いられている。

 法人化の理念を挙げれば、自律的で柔軟な大学運営、学外委員を加え民間的
手法の導入、評価の徹底、非公務員化による弾力的な人事システムなどである。
当然、教育・研究の効率化、活性化が期待された。しかし、運営には大枠をは
められており、その中で国立大学法人は暗中模索しているのが現状である。変
更されなかったことも多い(※表参照)。

 大枠とは予算削減と大学運営システムの変更である。国立大学改革はもとも
と国の財政再建に端を発している。大学運営の国家予算は運営費交付金となり、
毎年1%削減される。教職員約千六百人の鳥取大学を例にとると、毎年十六人
が削減される計算となる。ただし、実際に定員減はない。

 付属病院は毎年2%の経営改善、つまり増収が求められている。しかし、医
療材料費などを含めると、2%の純増を達成するには3.29%の増収が必要
とされている。現在の医療保険体制において中期計画六年間に約20%(3.
29%×六年)もの増収を計ることは、極めて厳しい。事実、経営シミュレー
ションを実施した十八大学中八大学では「五年以内に付属病院の財務が赤字化
する」と予測している。鳥取大学医学部付属病院も楽観視できない。

 学長も、これまでの「象徴型」から「大統領型」になり、予算配分や人事権
を掌握することが法律的にも保証される…、はずであった。政府による目標管
理があるものの、すべての国立大学長が大学改革の好機ととらえたに違いない。
「ボトムアップ」から「トップダウン」の大学運営が可能となる。法人化によ
る危機は同時にチャンスでもある。しかし、学長の裁量権は予測されたほど拡
大していない。

 運営費が縮小され、教職員の定員増はないなかでは、新たな試みや組織の新
設には既存組織の財政的、人的削減が前提となる。しかし、鳥取大学の四学部
のどこにも人的余裕はない。法人化前の大学運営は学部教授会が主導していた。
「学部の自治」から「大学の自治」への移行には、いまだ陣痛が続いている。

 法人化の影響が最も大きいのは教育・研究の現場を預かる教員、といってい
い。運営費交付金は1%減、鳥取大学の場合約一億円。しかし、医学部への配
分は〇四年度10%減、〇五年度23%減(予定)と厳しく抑制され、教員に
配分可能な予算は激減し、現場は悲鳴を上げている。

 大学の商品である「教育」と「研究」はもともと、教員個人の知的創造活動
から出発している。教育組織の充実は古くて新しい課題だが、教員の配置転換
や給与への反映は難しい。研究の重点化を行うことは可能ながら、研究テーマ
までは指定できない。

 鳥取大学法人化の成否を握るのは、能勢隆之学長が采配(さいはい)する組
織の改編や財政基盤の安定化、あるいは地域社会からの支援、産業界や官界と
の連携はいうまでもなく、教職員の意識改革、つまり現場からの自主的改革で
あり、これこそが明日の鳥取大学を担保する。まさにいま、地方の高等教育を
守る正念場である。

 いとう・ひさお 広島大医学部卒。西ドイツハノーバー医科大学病理学研究
所助手、広島大助教授(第二病理)などを経て、鳥取大学医学部教授(器官病
理学)。2003年に同医学部長。日本病理学会評議員、米子日独協会事務局
長など。米子市在住。

  ◇ ◇ ◇ ◇

【国立大学法人化で変更されなかったこと】
学生定員-中期計画中の6年間は学生定員を一定に保つ
学  部-学部の組織変更は文部科学省への届け出が必要
教職員 -定員の増減は原則としてない(増はできない)
給  与-2年間は国家公務員の俸給表に準ずる
社会保険-文部科学省共済組合(健康保険と年金)
倫  理-公務員倫理法を適用(みなし公務員、刑法上は公務員扱い)
その他 -施設や建物は文部科学省が予算措置