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新首都圏ネットワーク

『佐賀新聞』連載 2005年5月5日〜5月9日付

大競争時代の針路 佐大法人化から一年

【1】予算編成 「学生確保」至上命題に―重点配分で「成果」狙う
【2】意識改革 "指示待ち"から"攻め"へ―求められる脱公務員
【3】大学統合効果 学風違い、行き来に距離―共同研究で融合模索
【4】独自色 国際貢献へ新学部構想―「学生争奪戦」見据え



【1】予算編成 「学生確保」至上命題に―重点配分で「成果」狙う

2005/05/05(木)第1面掲載

 「国からの運営費交付金は前年に比べ伸びている。授業料を据え置きたい」。
二〇〇四年十二月。佐賀大の最高意思決定機関に当たる役員会で長谷川照学長
が切り出した。

■授業料据え置き

 法人化で国立大学の授業料は、一定の範囲内で値上げできるようになった。
国は授業料設定の目安となる標準額の一万五千円アップを示し、交付金減にあ
えぐ大学は軒並み値上げに傾いた。

 「値上げ分を教育費に回すこともできる」と異論も出た。据え置きによる減
収は約一億円。「横並びでは受験生に理解されず、地方大は選ばれない」。長
谷川学長の訴えで全国八十九大学で唯一据え置きを選択した。

 少子化時代、地方大は都市部の学生確保が至上命題となる。「豊かな自然と
授業料の安さが地方国立大の良さ」と語る長谷川学長は、授業料据え置きを
「全国区へ打って出る試み」と考える。

 今春の入試の志願者数は定員の七割を占める前期日程で前年比約百五十人増
となったが、後期日程は約四百八十人減。学内には「話題になったわりには結
果が出なかった」と冷ややかに見る向きもあるが、長谷川学長は将来の布石と
の確信を持つ。

 佐賀大の年間予算は約三百億円。国からの運営費交付金が約四割を占め、付
属病院収入が約三割、授業料収入は一割ほど。これまで予算は使い道が限定さ
れていたが、法人化である程度自由に使えるようになった。

 しかし歳出の五割を人件費が占め、管理経費など除けば自由になる分は限ら
れている。それに加え国は毎年1%の交付金削減を打ち出す。台所事情は苦し
くなる一方だ。

 「効率的な運営をしつつ、外部から研究費を獲得する工夫が必要」。長谷川
学長は本年度予算で各項目から20%を吸い上げ、学長裁量経費をひねり出した。
約十二億円。特色ある研究に重点配分し、公募型の研究資金に採用されるレベ
ルに育てる。戦略的経費と位置づけた。

■研究費は自前で

 海況異変に揺れた有明海を全学横断組織で研究する「有明海総合研究プロジェ
クト」。特色ある研究を重点支援する文科省の特別教育研究経費に採用され、
約二億一千七百万円がついた。学長が描く資金獲得のモデルだ。

 基盤的経費は配分するが、研究費は自前で稼いでもらうのが基本的な考え。
本年度、国の科学研究費補助金に申請した研究者に三万円の報奨金を出したの
も、この考えが根底にある。

 理工学部のある教授は「じっくり研究する内発型でなければ良い教育はでき
ない。経営陣は、育てるという視点が必要」と指摘するが、法人化によって明
確になった学長権限の下で、成果主義は着実に広げられている。

   ◇   ◇  

 国立大が独立行政法人化されて一年が過ぎた。予算編成など裁量が与えられ、
現場では変革が進む。目前に来た大学全入時代をどう生き残るか。佐賀大の模
索を四回にわたってリポートする。


【2】意識改革 "指示待ち"から"攻め"へ―求められる脱公務員

2005/05/07(土)第1面掲載

 二月のある昼下がり。普段は学生が講義を受ける演習室。教務、学生生活課
など学務部の職員二十四人が六グループに分かれて話し合っていた。自分たち
の強みと弱みは何か。「この学生サービスは自慢できる」「組織体制に不備が
ある」「どうしたら改善できるか」。議論は熱を帯びた。

■研修会に手応え

 SD(スタッフ・ディベロップメント)と呼ばれる職員の資質向上と業務改
善への取り組み。法人化後の大学改革のキーワードとして注目されている。
「これまで一番不足していたコミュニケーションの大切さを実感できた。改革
の第一歩を踏み出せたのではないか」。宮川洋教務課長は、初めてのSD研修
会の手応えを語った。

 法人化で非公務員になった教職員。「今までのように事務的に業務をこなす
だけでは、競争の荒波を乗り越えられない」。法人化とともに常勤の監査役に
なった民間出身の野中明さんは、意識でも"脱公務員"を訴える。

 本年度から教務課内に新設された教育支援係は、国の競争的研究資金獲得へ
迅速な対応ができるようにとの狙いがある。教育分野に関する研究補助金の申
請、経費管理などが主な業務。

 二人の担当職員は、新たな補助事業がないか、毎日、文科省のホームページ
を確認する。「情報が公開されてからでは先を越される。アンテナを張り巡ら
せていち早く情報をキャッチし、教員に提案するようなこともしないといけな
い」。指示を受けて動く"待ち"から自分で考えて働きかける"攻め"へ。宮川課
長は、意識改革の必要性を痛感している。

 「意識改革は教員、学生にも求められる。学生はお客さんではない。同じ大
学の構成員の一員」。FD(ファカルティ・ディベロップメント)と呼ばれる
授業改善などを進める高等教育開発センターの新富康央教授は強調する。

■学生が改善提案

 昨年十二月、学生が授業改善案を発表する「授業改善学生会議」を全国で初
めて開いた。学生から寄せられた意見は六十八件。全学生の1%。新富教授は
「わずか1%だが、教職員はこの重みに応えてほしい」と訴えた。学生と教職
員の協働で学内改革が動き始めると考えたからだ。

 教養科目の専任教員の配置、学生の指導助手制度、リスニングなど取り入れ
た英語教育の充実。五人の学生が改善案を発表、質疑で教職員と率直に意見を
交わし合った。「学生と一緒になって大学をより良くしていこうという教職員
の思いが伝わった」。発表した農学部三年の山野尚美さんは、変化の胎動を感
じ取った。

 「学生は受け身になりがちだが、大学の一員だということを自覚しないとい
けないと思うようになった」。協働の歯車がゆっくりとかみ合い始めた。


【3】大学統合効果 学風違い、行き来に距離―共同研究で融合模索

2005/05/08(日)第1面掲載

 昨年十月、本庄キャンパスの学生や教職員を対象に医学部がある鍋島キャン
パスを見学する学内ツアーが行われた。手術部、薬剤部など広大な病棟を見て
歩き、医学部生とも交流した。

 参加者三十四人の多くが初めての鍋島地区訪問。「バリアフリーの研究は興
味深かった」「病院の裏側を見ることができ、医療従事者の大変さが分かっ
た」。これまで意識しなかった医学部を身近に感じ取った。

 「今回体験したのは、ほんの一握りだけ。間口を広げる意味でも機会を重ね
なければ」。主催した経済学部地域経済研究センターの教員は、二つのキャン
パスを結ぶ試みの重要性をかみしめた。


■教養教育の改革

 法人化の半年前、佐賀大と佐賀医大が統合、医学部を加えた五学部体制となっ
た。文科省の国立大削減の方針に背中を押されての統合。それだけにうまく連
携、融合できるかが法人化に伴う改革の成否に影響する。学風の違いと両地区
を隔てる七`の距離をどう埋めるかが課題と言われた。

 教養教育の講義スタイルを見ても根本的な違いが横たわる。医療人養成とい
う明確な目的の下、専門学科とリンクさせた内容にしている医学部は三十人ほ
どの少人数クラスが主体。本庄地区は専門学科と明確に線引きし、五十人を超
える大講義室での講義もある。

 医学部二年の谷口真紀さん(20)は「医学部の教員は、教養を医師になるため
の基礎を学ぶ科目と考えているところがある」と指摘。「全学部共通の科目は
まさに一般教養で、教養科目に関する考え方が違う」と語る。

 「相互乗り入れ部分を増やすなどして少しずつ変えていくしかない。時間が
かかるのは仕方ない」と文化教育学部の教授。教養教育の改革論議が進んでお
り、その中で真の融合を模索する。

■鍋島への流れを

 距離の壁も大きい。初年度は週二日、共通科目が開講されている本庄地区に
無料バスが医学部生を運んだ。「便数が少ない」「講義終了後すぐにバスが出
る」など不満の声が相次いだ。カリキュラム改正もあって本年度は週一日だけ
の運行となり「ますます両地区の行き来が少なくなるのでは」との声も聞かれ
る。

 融合の突破口をどこに見いだすか。「共同研究、教育科目の共通化がカギに
なる」と語るのは医学部の堀川悦夫教授。本年度から理工、文化教育学部の教
員と障害者や高齢者の生活支援に関する研究に取り組む。トイレや風呂など生
活動作をデータ解析し、支援器具の開発や介助のあり方の検討に役立てる。

 この研究成果を基に新たな教育科目を作るのが最終目標。「福祉と工学と教
育の要素を取り込んだ新分野なら、教員、学生ともスムーズに連携できる」と
期待は大きい。「学生や教員の流れが本庄への一方向だが、逆の鍋島への方向
があってこそ壁は取り払われていくはず」。堀川教授はそう考えている。


【4】独自色 国際貢献へ新学部構想―「学生争奪戦」見据え

2005/05/09(月)第1面掲載

 「国際化社会でリーダーシップを発揮できる人材の養成と新たな学問創造の
場として国際学部を設置する」。国際貢献推進室長の甲本達也農学部教授は、
一年かけて取りまとめた「国際学部」設置構想案を初めて披露した。


■留学意欲を刺激

 四月下旬、大学事務局棟の会議室で開いた中長期の教育、研究計画について
審議する教育研究評議会の部会。「学生、教員の半数を外国人で構成」「国際
観光、国際協力、国際教養の三学科を整備」。次々と語られる佐賀大の未来図
に約十人の委員は熱心に聞き入った。

 法人化で佐賀大は目標の一つに国際化推進を掲げた。国際学部構想は長谷川
照学長が打ち上げ、「国際化」の柱と位置づける。

 その実現に向けた布石として、昨年十二月に台湾の輔仁カトリック大と二重
学位制の協定を結んだ。留学先での一定程度の単位修得で双方の学位を与える
制度で、学生の留学意欲刺激と国際社会への人材輩出を促す。

 さらに本年度は、学長裁量経費で外国人の専任教員五人を採用する。学生の
英語力向上が狙いで、長谷川学長は「語学センター設置を視野に、学内組織再
編を考えていきたい」と語る。 

■「全国区」へ工夫

 国際学部構想は、都市部の学生を集めるという全国を意識したところからス
タートした。全国に打って出るため、特色づくりや工夫を凝らし、昨年十月に
は関東への足がかりとして東京オフィスを開設した。

 在京企業との研究協力、首都圏での入試情報発信などに活用し、昨年末から
就職説明会や入試説明会を開いた。就職説明会には約百社が集まったが、入試
説明会は散々な結果。同席した教員は「佐賀や佐大の認知度は低く、九州まで
来たいと思わせる魅力がまだ薄い」と先行きの厳しさを痛感した。

 法人化から一年。劇的な変化はなかったが、法人化前にまとめた六年間の中
期目標・中期計画に基づいた変革は着実に進んでいる。学長の権限が拡大、授
業料据え置きなどの施策決定がスムーズになった効果が見える。

 独自色を打ち出しやすい仕組みになったが、教授会で意見調整していた従来
とは百八十度転換しただけに、不満もくすぶる。「予算編成でも声が大きい人
に有利なのではないか」「説明責任を果たしてほしい」。表だって出てこない
声は確かにある。

 長谷川学長の任期は九月末。再任もあり得るが、今月中旬には新学長選考の
動きが本格化する。次の任期四年は学生確保へ競争が激化する「大学全入時代」
の真っただ中だ。

=おわり=
 (梶原幸司が担当しました)