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新首都圏ネットワーク

『宮崎日日新聞』2005年5月1日〜5月5日

    宮崎大学 法人化1年
 

 国立大学が法人化されて一年。「百年に一度の大改革」で宮崎大学はどう変
わったのか。最前線を追う。

【1】大競争時代 資金獲得に知恵比べ
【2】トップダウン 学長権限強化に不満
【3】産学連携 地域に“知の蓄積”アピール
【4】授業評価 学生中心の教育模索
【5】コンソーシアム “攻め”で組織を刺激

 【1】大競争時代 資金獲得に知恵比べ
2005年5月1日

 「これからは運営費交付金が目減りしていく。代わりに競争的資金を獲得し
なければ、研究教育活動に支障が出る。まずは科研費(科学研究費補助金)の
申請件数を増やしてほしい」

 「科研費」は研究者からテーマを公募、審査して配分する競争的研究資金の
一つ。申請時期を間近に控えた昨年秋、宮崎大が開いた学内説明会で、名和行
文副学長(研究・企画担当)は教員にこう投げ掛け、奮起を促した。

 「自らの経営努力を続けなければ、いずれ経営危機に直面してしまう」―。
研究プロジェクトを掘り起こした結果、本年度の申請件数は昨年度比で五十三
件増え、五百四十三件にのぼった。

   ■   ■   ■

 国立大学法人は国から支給される運営費交付金のほか、授業料や付属病院収
入、共同研究で得た外部資金などの自己資金で“経営”しなくてはならない。

 同大に本年度、支給された運営費交付金は約九十九億七千百万円。予算の約
四割を占め、運営費交付金は“命綱”とも言える。

 だが、運営費交付金には国から「効率化係数」という網が掛けられ、毎年1
%程度削減されていく。同大では本年度、約七千三百万円が減額され、「さら
に向こう四年間で約二億八千八百万円が削減される」(同大財務部)と試算す
る。

 そこで同大は本年度、優れた研究教育を進める大学に予算を重点配分する運
営費交付金の競争的資金「特別教育研究経費」に十四件を申請。六件の大型プ
ロジェクトなどが採択され、約三億八千八百万円を獲得した。

 その結果、運営費交付金の減額分をカバーし、昨年度比約五億二千三百万円
の増額となった。

   ■   ■   ■

 名和副学長は「大学自ら汗をかき、特色ある教育や研究プランを打ち出して
競争的資金を取ってこなければ、じり貧になってしまう。大学の生き残りの分
岐点だ」と危機感を募らせる。

 国は大学の個性化と活性化を図ろうと、競争原理で資金を配分する公募型事
業を次々に打ち出している。

 二十一世紀COEプログラム、特色ある教育支援プログラム、地域結集型共
同研究…。全国の大学が予算獲得にしのぎを削る大競争時代が幕を開けた。生
き残りを懸けた知恵比べはすでに始まっている。

 競争的資金 研究や教育で優れた取り組みに対して重点的に配分される資金。
各省庁の科研費、戦略的創造研究推進事業を含む研究分野の競争的資金の伸び
が顕著で、本年度政府予算では4672億円(前年度比26・6%増)


 【2】トップダウン 学長権限強化に不満
2005年5月3日

 宮崎大(住吉昭信学長)木花キャンパスの過半数代表者である橋本修輔工学
部助教授は、四月に同大ホームページ(HP)に掲載された「学長メッセージ」
の一文に目が留まった。

 「今後採用するすべての教員に任期制を適応したい」。三学部(農、工、教
育文化学部)の教授会では議論されたこともない「任期制」の方針が、意表を
突いて示されたからだ。「大学の一般構成員には何も知らされないまま、学外
に向けてインターネットで発信する。行き過ぎたトップダウンだ」と批判する。

   ■   ■   ■

 住吉学長の出身母体である同大医学部では二〇〇二年度から任期制を導入。

 住吉学長は「いったん就職するとたいした努力をしなくても定年まで勤めら
れる制度では、業績もなく高い給料を取る人が在籍してしまう。任期制は教員
の流動性を高め、大学が求める教育研究を維持させるために必要」と強調。同
大の試算では〇九年度までに人件費が最大で約六億二千百万円不足する見込み。
その危機感も背景にある。

 しかし、同大教職員組合が大学教員任期法の国会審議中(一九九七年)に行っ
た署名活動では、三学部の教員の71%が反対した。

 橋本助教授は「任期制に適する学部もあれば、適さない学部もあり、任期制
への反発は根強い。議論を尽くすべきだ」と話した。

   ■   ■   ■

 学部教授会を軸に意見集約する「ボトムアップ型」から、学長のリーダーシッ
プを発揮する「トップダウン型」へ―。法人化で同大の組織運営は百八十度、
転換した。

 予算や人事面で大学の裁量や自由度が拡大したのに伴い、学長の権限も強化。
任期制や年俸制など雇用形態が大学独自の判断で導入できるようになり、教職
員の採用や昇任も学長がリーダーシップを持つようになった。

 住吉学長は「最終的に学長が責任を持つことで各学部教授会のエゴを捨て、
意思決定がスピードアップした」と話す。

 一方で、学部教授会を中心とする意思決定システムが崩れ、教員の意見をく
み上げる機会は極端に減少。「教員の組織運営に参画する意識や組織への帰属
意識は薄らいでいる」。こんな不満は学内のあちこちにくすぶる。

 「構成員の意向を聞いて反映させ、多少の軌道修正をしながら当初の考えを
貫いていくほかない」と住吉学長。教職員の英知をどう集約し、合意形成につ
なげるか。二律背反する難題である。


 過半数代表者 労働者の過半数で組織する労働組合が事業場にない場合に、
労働者の中から選出される代表者。労働基準法に規定されている。就業規則の
作成・変更の際に使用者に意見を述べたり、労使協定を締結したりする。 


 【3】産学連携 地域に“知の蓄積”アピール
2005年5月4日

 宮崎大地域共同研究センターの黒澤宏センター長は二〇〇二年五月、土木建
築分野の計測器メーカー、東亜エルメス(鹿屋市、小宮山清二社長)と共同研
究の契約を交わした。光ファイバーを使ったセンサー開発が研究テーマだ。

 同社研究員の安井修一さん(40)は「技術力向上のために、基礎となるシーズ
(技術の種)や設備が必要だった」。九州内外の大学の研究機関に打診した結
果、レーザー工学の権威である黒澤センター長の研究内容と、他大学にはない
レーザー設備が決め手となり、同大との共同研究を決断した。

 黒澤センター長は「世の中の役に立てるのは大学にとっての大きな喜び。さ
らに一緒に研究開発に取り組んでいる学生たちにとっても、会社の仕事の進め
方を肌で感じられる貴重な機会になった」と話す。

 同社との共同研究は毎年更新され、現在も進行中だ。

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 産学連携拠点である同センターが企業と進める共同研究は〇四年度、十年前
と比べて約三倍まで伸び、五十四件にのぼった。

 だが、中小企業が多い本県では大学に提供・連携できるほどの資金力と技術
力を持つ企業が少なく、同年度、同センターと提携した県内企業は約半数にと
どまる。

 東京や中国にオフィスを進出して企業にアプローチする地方大学もあるが、
住吉昭信学長は「あくまでも地域に根差したい」。地域とじっくり関係を築き、
“宮崎らしさ”を追求する。地域での存在意義を示してこそ、大学の個性をア
ピールできると信じている。

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 そのための仕掛けはすでに動き始めた。

 四月には、全学的に研究戦略を練る「大学研究委員会」が発足。学際領域の
研究を進め、多様化する社会ニーズに応えていく。特許などの知的財産を一括
管理する知的財産本部を設置したほか、研究者が研究内容や成果を一般公開す
るイブニングセミナーの開催も重ねてきた。

 地域貢献が声高に叫ばれ、外部資金の獲得に期待がかかる研究者たち。しか
し、黒澤センター長はあえて指摘する。

 「企業や社会のニーズだけに目を奪われるのではなく、大学の研究は本来、
独自路線を貫くものであっていい」。十年、二十年先を見据えた大学の研究が、
必ず世の役に立つ、と思うからだ。

 「“その時”のために、これからも大学に蓄積された“知”を地域にアピー
ルしたい」。地域の活性化に向け、発信が続く。


 外部資金 企業との共同研究や国のプロジェクトへの公募などを通して獲得
する研究資金。宮崎大が2003年度に得た外部資金は共同研究が約7200
万円、受託研究が約2億6700万円、寄付金が約3億9700万円。


 【4】授業評価 学生中心の教育模索
2005年5月5日

 宮崎大農学部の太田一良教授(微生物化学)は二〇〇四年度後期の講義資料
を、数年ぶりに刷新した。〇三年度の講義を受けた学生による授業評価で「資
料を分かりやすくしてほしい」という意見が出されたからだ。

 学生たちの「授業が分かりやすい」と回答した数値が年々下がり気味なのに
も危機感を覚えていた。

 「四、五年前と同じレベルの講義をしているのに、なぜか学生の理解が進ま
ない」。学生の学力低下を肌身で感じることが多くなった。

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 太田教授は結局、それまで配っていたA3判資料数枚から要点だけをまとめ、
A3判を一枚だけ配ることにした。

 すると、学生の評価は目に見えて上昇。でも、太田教授は言う。「評価は上
がった半面、学生の知識の量や幅は狭まってしまった」。悩みは尽きない。

 同大学は学生の意見を聞いて授業改善につなげようと〇一年度から、FD活
動の一環で学生による授業評価を本格導入した。現在、四学部の共通教育と専
門教育で実施している。

 学生たちとのコミュニケーションを図って学生のニーズに対応する取り組み
だが、一方では学生レベルに迎合してしまうと教育の質的低下を招く、という
ジレンマも抱える。“もろ刃の剣”を突きつけられた教員の模索が続く。

 さらに、新たな課題にも直面する。教科の学習内容が大幅に削減された新教
育課程を経た高校生が〇六年度から大学に入学してくる「二〇〇六年問題」だ。

 同大学FD委員会の佐藤治委員長=工学部教授=は「一見効率が悪そうでも、
学生の状態に柔軟に対応して評価を重ねながら地道に積み上げていくしかない」

 同大学の岡林稔副学長(教育・学生担当)は「約五十三万円あまりの授業料
は決して安くはない。それに見合う質の高い教育と学生サービスが求められて
いる」と話す。「教育は商品」―。そんな思いがようやく芽生え始めた。

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 教育の充実に向けた取り組みはまだ緒についたばかりだが、その視線は在学
生だけでなく、高校生にも注がれる。

 「大学にとって最もシビアな評価者は、大学を志願する高校生。高校生に選
ばれるだけの魅力的な教育内容を発信し続けなければ、大学の存置そのものに
も影響を与えてしまう」と岡林副学長。

 少子化に伴って、大学・短大の志願者数と入学者数が一致する「大学全入時
代」は間もなく〇七年にも到来。さらに厳しい時代を迎える。


 FD ファカルティー・ディベロップメント(教授能力の開発)。教員の資
質向上や授業改善に向けた組織的な取り組みを呼ぶ。文部科学省の調査による
と、FD実施大学は2002年度、全体の約67%に当たる458大学にのぼっ
た。


 【5】コンソーシアム “攻め”で組織を刺激
2005年5月5日

 法人化という規制緩和の時代に変革を遂げる、“大学のかたち”。従来の国
立大学にない「戦略」や「経営」などの言葉が飛び交い、大学間競争にもさら
されるようになった。

 市場原理が導入され“私大化”傾向を強める国立大学法人。県内の大学関係
者は宮崎大の変ぼうをどう見ているのか。

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 「法人化後、宮大の必死さと迫力がよく伝わってくる」。宮崎女子短大の山
下忍副学長はこう話す。

 例えば、高校での入学説明会。以前は黙っていても「国立」という看板で学
生は集まっていたが、今では宮崎大の教職員が身を乗り出して高校生にアピー
ルする姿が目立つという。

 「それでもまだ不十分。もっと『こんな若者を求めている』『大学ではこん
な勉強ができる』と、徹底的に地域の若者たちに投げ掛けてほしい。すると私
大はそれ以上に頑張る。相乗効果で県内の高等教育機関を盛り上げたい」。宮
崎大への期待を投げ掛ける。

 宮崎産経大の大村昌宏学長はまた違う見方だ。

 「国公立大学と私立大学の公費負担は大きな格差があり、イコールフッティ
ング(同一の競争条件)になっていない。この認識なしに野放図にされてしまっ
たら私大は太刀打ちできない」。共存のための役割分担が必要、と主張する。

 「縄張りを固定するわけではない。建学の精神、学部構成などそれぞれの大
学の多様性に配慮した競争でなければ、結果的に県内の高等教育機関の活力が
なくなってしまう。宮大にはセルフコントロールも必要」とけん制する。

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 宮崎大の“攻める”姿勢への転換は、県内十二の高等教育機関の連合体(コ
ンソーシアム)である「高等教育コンソーシアム宮崎」にも刺激を与え始めた。

 二月には初めて、四大学が合同で福岡就職活動バスツアーを実施。インター
ンシップ(学生の就業体験)など、徐々に事業の充実度は増している。

 県総合政策課は「法人化で大学の裁量が拡大した結果、宮大が何をやりたい
か、より鮮明に見えてきた。大学それぞれの持ち味を生かしながら、次の事業
を展開してほしい」と期待する。

 大学淘汰(とうた)の時代に突入しつつあるからこそ、それぞれの大学が互
いに補完し合う連携体制が地域教育力の底上げに意味を持つ。

 サロン的な組織から、事業体的な組織へ―。コンソーシアムにとっても第二
段階に踏み出す時がきた。

  =おわり= 

  報道部・高見公子


 高等教育コンソーシアム宮崎 2004年6月に発足。県内の大学や高専な
ど高等教育機関の連携により、単位互換の実現やインターンシップの充実を図
る。宮崎市のカリーノ宮崎8階「ガガエイト」を拠点に公開講座なども開催し
ている。