トップへ戻る   以前の記事は、こちらの更新記事履歴
新首都圏ネットワーク

『科学新聞』2005年4月22日付

小宮山宏・東大総長が就任会見
"協調"をキーワードに大学運営

 こみやま・ひろし 昭和19年12月15日生まれ。昭和42年東大工学部卒、47年
博士課程修了。52年東大工学部講師、56年助教授、63年教授、平成6年総長補
佐、12年大学院工学研究科長、工学部長、15年副学長、附属図書館長、17年4
月1日から東大総長。専門は反応工学。

 東京大学は14日、小宮山宏・総長の就任記者会見を行った。「無理矢理なリー
ダーシップは発揮しない」とする小宮山氏は、個々の教員が自律的に分散して
行っている教育研究活動を“協調”させる仕組み作りを提唱する。

 自律分散協調系の大学運営を進めていく。協調こそが、教員5000人、事務職
員2000人を擁する東京大学運営のポイントだという。「人体は、各臓器が自律
的に働いて、それらが協調しているからこそ、生命として活動ができている。
多くの大学は自律分散はできているが、協調が足りない。そのためには、神経
情報伝達と血液循環が必要。大学で言えば、血のめぐりと知のめぐりが大切に
なる」と話す。血のめぐりはバランスのとれた予算配分、知のめぐりは大学内
でお互いがどの様な研究をやっているかの相互理解。

 知のめぐりを良くするために、知の構造化を進める。その一つが秋から始め
る学術俯瞰講義。第1回目は小柴昌俊・名誉教授によるニュートリノ天文学。
「各分野の世界トップの研究者に、その分野とは何なのか、今どこがポイント
なのか、自分はこの先どの様に学問を進めていくのかを講義してもらう。分野
を知らない人が興味を持てる内容を、一流の研究者が話すことが大事」という。
講義は正規の教養の授業として本郷キャンパスで行うが、駒場や柏キャンパス
でもサテライトで受けることができるほか、教員が見ることができるようイン
ターネットでも配信する。また、カリキュラムの構造化を進める。「東大には
約9000の講義があるため、なかなか全体が見えない」そのため、学問体系に基
づいて講義を構造化、ITを活用して見やすくするという。

 研究面では、従来の学問を統合化して一つの目標に向かう学術統合化プロジェ
クトを一日からスタートさせた。最初のターゲットはヒト。「最先端のヒトに
関する科学成果を統合して、コンピューター上に細胞レベル、組織レベル、さ
らには生体レベルでヒトを再現することを目指す。学生にとって先生の講義が
面白くないのは全体の中の位置づけが分からないから。これができれば個から
全体、全体から個というアプローチが可能なため、教育に効果的。また産業に
も役立つ」という。

 今後、原子から人工物までのモノ、地球、宇宙という視点から新たな統合化
プロジェクトを発足させたい考え。プロジェクトは「いわば図書館をつくるよ
うなもので、プラットフォームを構築し、だんだんと新たな知識を入れていく。
完成することはない」5月にはスタートアップのシンポジウムを開催する。

 教員個々の研究・教育力を発揮するために、事務局等の支援組織を強化する。
「例えば、21世紀COEの教員が『留学生を海外出張に連れて行けるのか』と
いう質問をしても、たらい回しにされることが多かった。そこで『飛車角方式』
を導入する。本部の部課長は、教員から相談を受けたら自分の担当に関係なく、
自ら動いて答えを導き出して教員に回答する。部課に関係なく将棋の飛車や角
のように動くことで、人体で言えば神経の役割を果たす」。事務局では迅速に
対応するため、これまでにあった質問と答えをまとめ、データベース化してい
くとともに、各部局にも日常的な事柄について対応するスタッフを配置すると
いう。

 "協調"をキーワードに大学経営を行っていくが、国立大学法人制度はままな
らないことが多いという。一つは調達の問題。「国立大学法人がモノを買おう
とすると1,500万円以上の場合、国際競争入札をしなければならないが、ここ数
年、東大では海外の法人が応札したことはない。ほとんどの会社は日本法人か
代理店を国内に持っているからだ。この方式だと購入に9ヶ月もかかってしま
う。また、価格を下げようと調達本部を設置し、個別企業との大量購入契約を
しようと思っても制度上難しい」

 一般企業と同じ労働法も教育研究を阻害する。「国立時代は教育公務員特例
法があったため、10年間の任期制をとることができた。教育研究の特殊性から
十年の時限付きセンターを設置しようと思っても、労働法では五年間までしか
任期を認めていないため、それができない」

 財務的にも問題がある。「これまで財政投融資からの借り入れで病院整備を
行ってきたため、年利5%で返済している。超低金利時代なので、銀行から安
く借り換えようと思っても制度的に不可能」。また東大病院の場合、年間売り
上げが約250億円ある全国でも数少ない黒字の大学附属病院だが、制度設計の問
題から平成19年度には赤字に転落するという。「法人制度では年間売り上げの
2%が運営費交付金から削られていく。現在でもベッド稼働率は90%。もちろ
ん効率化は進めるが、稼働率が95%を超えると救急対応できない。利益のでな
い高度専門医療などが大学病院の使命だが、このままでは本来の役割を果たせ
なくなる」