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新首都圏ネットワーク


独立行政法人経済産業研究所経済政策レビュー
競争に勝つ大学
澤 昭裕・寺澤達也・井上悟志/編著

東洋経済新報社 2005年2月24日刊

編著者による紹介文(本書「はしがき」より)

 1980 年代に長期経済・産業低迷に悩んだ米国が、90年代以降に力強く復活し
た要因として、米国の大学・大学院システムの国際的競争力の強さを指摘する
識者は多い。米国の大学・大学院は優れた人材を育成し、バイオテクノロジー
やIT(情報技術)などの新たな産業分野を切り拓いた技術を創出し、多くのベ
ンチャー企業を生み出している。また、その基礎研究の厚みや底力において、
比肩する国はない。

 1990 年代以降長期にわたる経済・産業低迷に悩む日本にとっても、研究力・
技術開発力の復活が必須であり、日本の大学・大学院がイノベーションの中核
になることが潜在的には期待される。しかし、日本の戦後の大学システムは長
年閉鎖的であったため、経済社会との関係が疎となってしまったことは否めな
い。今や、中国などの新興国家からの挑戦に直面し、かつてのような低コスト・
高品質だけでは経済的優位を維持できない状況では、優秀な人材と新たな知識
の創造こそが日本の未来を切り拓くものといっても過言ではない。

 本書は、2001年2月に旧通商産業研究所(独立行政法人経済産業研究所の前身)
でまとめられた『大学改革 課題と争点』(青木昌彦・澤昭裕・大東道郎+
『通産研究レビュー』編集委員会編、東洋経済新報社)の続編ともいうべきも
のである。『大学改革 課題と争点』は、わが国の知識生産を担う大学が、硬
直的な人事・組織体系、研究を活性化させる資金供給システムの欠如などの課
題に直面しており、研究機能のみならず将来の人材を養成する教育機能も低下
しつつあるとの問題意識から企画された。同書は、大学の持つ教育・研究両面
の機能と産業を中心とする経済社会との関係性について、歴史的視点から、ま
た国際的比較を行いつつ詳細な分析を行い、わが国のイノベーション・システ
ムの中核的存在として大学を機能させるためにはどのような改革が必要かを探っ
たものである。同書の刊行以来、大学改革の必要性は大きな世論となり、国立
大学は法人化され、教職員の身分も非公務員となるなど、日本の大学システム
は大きな変貌を遂げようとしている。また、大学改革をひとつの部分とする科
学技術システム全体の構造改革の必要性もようやく政府全体の認識となり、
2001年度から五年間にわたる第二期科学技術基本計画の中にその具体的な方向
性が示された。

 本書は、こうした状況のなかで、今後、現場において種々のシステム改革が
実行段階に入っていく際、その改革案の参考にもなった米国の大学を中心とす
る科学技術システムの競争力の源泉を改めて再検証し、わが国における改革を
誤りのないものとするとともに、日本の大学システムを国際的にも競争力を持っ
たものにさらに高めていくことを目指し、政策提言を行うことを目的として企
画されたものである。

■国立大学法人化という大きな機会

 日本の国立大学は2004年4月から、独立行政法人制度に範をとった国立大学法
人に移行した。これは明治以来の画期的な改革とも称されるが、企業にたとえ
れば、単に法人格を取得し、一定程度の経営の責任と自由度を獲得したにすぎ
ない程度の変化である。組織形態の変化が企業のビジネスの成功を保証しない
のと同様、国立大学法人化は大学の成功や競争力の向上を保証するものでは決
してない。

 法人化に移行していく段階においても、日本の国立大学関係者の間では、国
立大学法人化に向けた事務作業に圧倒されていたり、あるいは制度・環境変化
への戸惑いや不安を隠すことができない状況にあった。学長・副学長連からは、
各種の規則制定などに忙殺される一方、より大事なリーダーシップ発揮の具体
的イメージを描ききれず、リーダーシップ発揮のための体制・リソースも十分
に確保できていないとの声も聞かれる。役員会、経営協議会、教育研究評議会
などの内部組織や外部の評価委員会がどのようにガバナンスを発揮すべきなの
か、また学長と学部長との関係のあり方などについてもコンセンサスはない。
大学教官もまた、評価導入によって研究資金や報酬が左右されることが確実に
なるなか、予見可能で安定したキャリアパスが動揺しかねないことに大きな不
安を抱えている。一方、事務局職員は、新しい制度変化に応じた柔軟な事務処
理ルールを構築するという職務を前にして、旧来からのルールとのギャップに
悩んでいる。

 このように、国立大学法人化によって獲得できる自由度を積極的に生かし、
大学の飛躍にどうつなげるのか、どのようなアクションをとるべきなのか、な
どについてはいまだに学内で議論が行われている最中であって、内規の改定な
ど最終的な制度改革まで進んでいるところは少ないのではないだろうか。むし
ろ、主体的かつ具体的取組みの進み具合が目立つのは国立大学サイドではなく、
皮肉にも、国立大学の法人化によって大学間競争が激しくなると危機感を抱く
主要私立大学のほうであるという見方もあるほどだ。

■日本と米国などとの間の大きな格差

 日本の大学の現状を見ると、IMD(国際経営開発研究所)の2002年の「国際競
争力年鑑」では日本の大学教育は最下位の49位にランクされ、日本の大学教育
に関する評価はきわめて厳しい。研究面では教育よりも評価は高いものの、論
文の被引用数では1993年から2003年の11年間に米国が約2990万件であるのに対
し、日本は約460万件と6分の1でしかなく(人口の差を踏まえても約3分の1)、
また、国としての規模の小さい英、独よりも劣っている。さらに、一論文当た
りの被引用数では米国のほぼ半分にとどまり、その水準は先進諸国の中では最
低である(トムソンISI社ウェブサイトをもとに編者らが分析)。

 産学連携においても日米の格差はきわめて大きい。大学の技術のライセンス
収入も日本は米国の200分の1以下にとどまっており、日本の企業自身、日本の
大学への委託研究費支出は1990年の1064億円から99年の978億円に減っているの
に対し、米国をはじめとする海外の大学向けには、同時期に681億円から1562億
円へと、2倍強に膨れあがっている。

 研究者交流の日本への受入者に対する日本からの派遣者の比率は3対7と圧倒
的な頭脳流出となっている。日本の研究者に対するアンケート調査では、研究
に集中できること、研究補助者等のサポートが充実していることなどから、海
外での研究活動の魅力の高さが示されている(「文部科学省平成13年度調
査」)。一方、研究者が日本に来ない理由としては、語学の問題や研究コミュ
ニティの閉鎖性、さらには日本に来てもキャリアアップにつながらないといっ
た声が聞かれる。このように、研究環境に関する彼我の差はきわめて大きい。

 国立大学法人化と同時並行して、日本の大学の研究・教育レベルを向上させ
る目的とした研究資金制度等のシステム面での改革も着手されてはいるものの、
十分に深化しているわけでもない。例えば米国における特徴的な競争的研究資
金制度も、日本で導入されはじめてはいるものの、本書で指摘されるように、
質量ともに十分なレベルには達していない。また、資金などのリソース配分の
基礎となる大学評価や研究評価の尺度・基準も、多様な評価軸や評価組織を認
める方向とは逆に、一律的な運用がなされようとしている。

 本書は、冒頭で述べたように、国立大学法人化という大きな機会を生かし、
日本の大学・大学院のレベルアップが図られ、国際的に見た科学技術システム
全体の競争力が高まっていくことを願って企画されたものである。そのため、
基礎研究から応用研究まで世界の先端を行く米国の大学システムやその周りに
存在する科学技術振興政策を分析し、具体的事例も示しながら、日本として学
び取れるものを抽出することを試みている。

 米国の大学システムの最大の特徴は徹底した競争にあり、競争的研究資金の
獲得、人材獲得・登用などの各側面で大学同士、研究者同士が切磋琢磨してい
る。競争に勝利するために、学長・学部長などがリーダーシップを発揮し、大
学全体の経営・教育・研究戦略を策定・断行することが重要となっている。こ
うした競争への対応が十分であるかどうか、大学の研究・教育水準を常に向上
させるべく必要な手を打っているかどうかなどについては、内部的には理事会
がガバナンスを効かせ、外部的には多様な評価尺度に基づいて各種ランキング
などが付されるという形でプレッシャーを受ける。

 もちろん、米国のシステムは常に直輸入できる、あるいはすべきというもの
ではなかろう。あくまでも日本にとってプラスとなり、妥当性のあるものを日
本にマッチした形で導入することが肝要である。したがって本書では、米国シ
ステムの紹介・分析にとどまらず、米国で研究する日本人研究者たちへのイン
タビューを行い、日米の研究環境を対比させるとともに、日本の研究開発シス
テムや大学改革の現状に詳しい識者による論文を掲載し、研究資金制度のあり
方、産学連携の深化、国際的な人材確保、大学マネジメントのあり方などを分
析している。こうした分析の上に立って、終章では日本のさらなる大学改革に
向けた9つの提言をとりまとめた。

 編者としては、日本の大学改革が国立大学法人化で打ち止めとなるのではな
く、研究資金制度などの日本全体の科学技術システムが改革されることと軌を
一にして、国立大学法人化という大きな機会を積極的に生かし、日本の大学・
大学院の大幅なレベルアップ、国際的な競争力向上に向け、各大学における大
学運営のあり方も抜本的に改革されることを強く期待したい。本書の中にある
米国の大学システムの紹介・分析や、9つの提言などが、こうした改革や2006年
度からの第三期科学技術基本計画の策定に向けた参考材料のひとつとなれば幸
いである。

2004年12月
澤 昭裕・寺澤達也・井上悟志