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新首都圏ネットワーク


『十勝毎日新聞』2005年3月25日〜3月27日付

変わる大学 帯畜大法人化から1年


上 運営と戦略 人事や連携、決定を迅速化


 「大学として大きく変わったのは学長のリーダーシップが増し、逆に教授会
の役割が減少したこと」。帯広畜産大学の長澤秀行理事は法人化後の学内の様
子をこう説明する。実際にこの1年間の大学組織の変化は、学内外に大きな影
響を与えている。

教授会の権限移行

 帯畜大では法人化に伴い、それまで学内のかじ取り役だった教授会の比重を
軽減、極めて限定的な事項だけを決める場に変わった。教授会が担ってきた大
学運営に関する決定権は「役員会」に、経営に関する事項は「経営評議会」に、
教育と研究については「教育研究評議会」にそれぞれ権限が移行。毎月定例で
開いてきた教授会は昨年4月以降、1度も招集されていない。

 これに伴い、学長の決定事項が増加。さまざまな場面でリーダーシップを発
揮する機会が増え、人事や他大学との連携など、全学的に「食の安全・安心」
を追究するという戦略や、決定にスピードアップを求める志向がより鮮明に打
ち出された。

 特に注目されるのが積極的な教員人事。昨年5月には国際協力機構(JIC
A)の長期派遣専門家としてケニアで教べんを執った小疇(こあぜ)浩氏、同
11月にはモンゴルやシリアなどについて専門的な知識を持つ平田昌弘氏をそ
れぞれ助教授として採用するなど若手研究者を積極的に登用した。「あるポス
トが空いたら同じ分野の教授・助教授で埋めるというような『定員』という概
念がなくなり、必要な人材を適切なポストに採用する戦略的な人事が可能になっ
た結果」(長澤理事)という。

急速な“資金調達”

 こうした変化の背景には、法人化後の生き残りに懸ける帯畜大の戦略がある。
同大を含む国立大学法人の予算は、国の方針を受けて毎年1、2%ずつ減少し
ていくとされる。人件費を削りにくい現状では、「外部資金の獲得」として研
究費を自前で賄うことが求められる。企業とのロイヤルティー契約の締結や特
許出願件数の増加など、法人化後の急速な“資金調達”の動きがその表れだ。

 この一方で、学内のすべての教授が参加し、「大学の自治」を実現してきた
教授会の役割の減少について「発言の場がなくなる」「紙の資料では役員会の
考えや趣旨がうまく伝わってこない」という不満の声もくすぶる。ある教授は
「俗世間から離れている『象牙の塔』と言われたこともあったが、大学には
『変人』の個性をも受け入れる寛容さがあった。大切なのは教授個々の自律・
自発性。トップダウン志向が強まることで、大学の自由さがなくなっていくの
ではないか」と危ぐする。

 これらの声を受け、学内の下からの意見集約にも力を入れる。学内専用のホー
ムページを通じ、会議などで話し合った内容をできるだけ学内に公開しようと
いう情報共有の試みもその一例だ。

 法人化に先立ち、2002年から04年3月まで法人化準備室長として準備
を進めてきた佐藤久明総務部企画課長は「大学として模索しながらやってきた
が、何とか法人に移行できたというのが現状。自主・自律という法人としての
メリットを生かしながら、学内外の変化に対応していくのが今後の課題」と話
す。

◇−−−◇

 帯広畜産大学(鈴木直義学長)が昨年4月に独立した組織として国立大学法
人に移行されてまもなく1年。「大学組織の自主性」や「地域貢献」などをキー
ワードとする法人化によって学内組織は大きく変わり、教職員や学生の意識に
与えた影響も少なくない。帯畜大の現状と課題をリポートした。(犬飼裕一)
(05.03.25)


中 地域貢献 知恵絞りキャンパスを開放


 「普段は地元の大学にあまり足を運ぶことはないが、こうした機会があれば、
大学の雰囲気がよく分かっていい」。昨年7月、帯広畜産大学で行われた「ふ
れあい牧場体験学習」に参加した市民は、学内を挙げた“開かれた大学”への
積極姿勢を歓迎する。

 こうした地域貢献活動はこれまでも実施してきたが、昨年4月の法人化後は
事業の数、参加人数ともに大幅に増えた。同大の石橋憲一理事は「法人化初年
度ということもあり、市民の声を地域貢献活動として積極的に取り入れてきた
成果」と自負する。

推進室を新設

 同大は今年度、生涯学習分野を専門に担当する地域貢献推進室(室長・石橋
理事)を新設。生涯学習の推進により力点を置いた結果、「手作りウインナー
教室」など、2月末現在で既に、前年の総件数55件を大きく上回る90件の
事業を実施している。

 この一方で、地域貢献事業に対して学内からは「一部の教員に負担が偏って
いる。予算も限られる中、本来の仕事である研究や教育の重荷になっている教
員もいるのでは」と指摘する声も聞かれる。

 石橋理事も「協力してもらえる教員は増えたものの、特定の教員に多くの負
担をかけていることは確か」と厳しい現状を認めた上で、「今後は事業の数を
増やすのではなく、内容の充実を図っていきたい」と“質の向上”が重要であ
ることを強調する。

 こうした課題の解決策の1つとして同大が期待を寄せているのが、帯広市教
育委員会との連携だ。地元小・中・高校からの地域貢献活動に関する要望、日
程などを市教委に交通整理してもらうことで、より効率的な事業実施が期待で
きる。また、同大の地域貢献推進室に窓口を一本化することで、これまで個別
のコーディネートを余儀なくされていた担当教員の負担軽減につながるとして
いる。

充実するHP

 また、地域貢献以外の「開かれた大学づくり」の取り組みとしては、キャン
パスの整備やホームページ(HP)の充実などが進められている。

 これまで一部にしかなかった案内板を学内7カ所に設置した。8月下旬には
小・中学生が自由に学内を見て回れるように、大学構内や研究室を開放する
「オープンデー」を設けた。限られた予算の中で知恵を絞った結果で、同室の
小嶋道之副室長は「極端に言えば十勝への観光客が観光ルートに帯畜大を取り
入れてくれるようになると面白い。開放することで大学に親しみを感じてもら
えれば」と話す。

低くなった敷居

 学外の評判も上々だ。管内の高校教諭は「以前は大学として敷居が高いとこ
ろもあったが、今は親切で丁寧な対応をしてもらっている」とし、公開講座な
どを利用する帯広市の60代女性は「これからも地域に根差した大学であって
ほしい」とエールを送る。

 「帯農高との連携など今後も地域貢献活動を広げていきたい」と石橋理事。
法人化から1年、帯畜大の生き残りを懸けた挑戦はこれからが正念場だ。(犬
飼裕一)(05.03.26)


下 鈴木学長に聞く 世界の専門家が集う大学に


 帯広畜産大学が国立大学法人に移行した後の大学の現状と将来像について、
鈴木直義学長に聞いた。(犬飼裕一)


予定通り実行

 −法人化からの1年間を振り返っての感想を。

 自主・自立など法人化の良い点とこれまでの良い部分を上手にミックスして
やってきたという印象。2002年に帯畜大に赴任してから「動物や植物由来
食品の安全・科学の監視に特化した大学院重点化単科大学」を目指して、昨年
4月の大学院畜産衛生学独立専攻の新設など、必要と思うことをやってきた。
法人化もその流れの中にある。『法人になったから』というわけではなく、大
学構想に沿って予定通りに計画を実行していると感じる。

 −法人化によって最も大学が変わった点は。

 これまで教授会の果たしてきた役割が、(少人数で構成する)役員会などに
移行し、決定までの過程がスピーディーになった。大学の柱である教職員の人
事などで、研究や教育に必要な人材を戦略的に配置することも可能になった。
しかし、学内の教官が協力し合い、全学的に物事を進める意識を持つようにな
るにはまだ時間が必要だ。

研究の活性化に

 −運営費交付金の減少についてはどう考えるか。

 国からの運営費交付金が毎年減ったとしても、それ以上に外部から研究費を
獲得できる大学にならなければいけない。02年からは交付金の一部を「学長
裁量経費」として、公募型の研究費を獲得できるような優れた研究をしている
学内の研究者に提供する制度を設けた。法人化後は、より積極的に公募型の研
究費獲得の申請をするようハッパをかけている。

 法人化されてからも盲導犬の研究やマダニの研究で大型の資金を獲得してい
る。ようやくそれらの芽が出て、花が咲き始めたようだ。グループを組んでト
ライする研究者が増えるなど、研究の活性化につながっている。

 −法人化後の大学の将来像は。

 大学が目指すのは旧帝大のようなどこを取っても素晴らしい「超一流の商社」
ではなく、農畜産・獣医に特化し、世界の専門家が集まる「専門店」大学。わ
れわれはモンゴルやベトナムの大学などと連携し、世界の食料安全に目を向け
るのと同時に、地域にある研究機関とも一緒になって研究を進める。また、日
本の食料基地である十勝の動物衛生の監視についても責任を持ちたい。

 動物由来食品についての専門教育をはじめ、研究者育成の大学院畜産衛生学
専攻、原虫病研究センターを中心にした研究グループなどが、世界に通用する
研究成果を上げられるよう願っている。(05.03.27)