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新首都圏ネットワーク


『朝日新聞』2005年3月16日付

法人化の波に衝撃 変わる日本の大学(抜粋)


清水(司会):最初に、これまでの国立大学のどこに問題があったのでしょう?

尾池:不都合なことはなかったと思っていますが、「閉鎖的で環境変化に鈍感
である、競争がなく特色がない、経営管理の発想がない」などの批判に、答え
を出すことができなかった。今、強制的な改革が強行される事態を国立大学が
誘発してきたことが反省点であると思う。

 また学生の数が大幅に増えた結果、今の学生には、非常にはっきりした「落
ちこぼれ」がいる。ろくにリポートも書けない。一方で、トップは何ら昔と変
わらない。優れた学生の足を引っ張らないというのが教育だと思っているうち
に、底辺が卒業できなくなる。こういう傾向が国立大学にはあった。教育や研
究の中身を一般の納税者の皆さんにきちんと知らせず、広報機能も欠如してい
ました。

清水:企業と大学には、学生の受け入れと大学の研究を実用に生かすという二
つのかかわりがあります。

尾池:日本の経営者は日本の大学を評価していないというアンケート結果が出
ています。寄付のお金がアメリカに流れてしまう。日本と外国の税制の違いと
いう問題もあります。

清水:法人化に至るまでの論議をどう見ていましたか。

尾池:90年以降は空白の10年で、失敗の処理をせず、つけがたまっていた。
その間に大学民営化論とか、改革論、批判が経済界から出ました。

 「聖域なき構造改革」のもと、学術審議会とか大学審議会とかを飛ばして、
官僚が用意した方針案で、非常に急ピッチに改革が行われました。

 交付金で大学運営をしていく国立大学法人という仕組みができた。ふたをあ
けてみると、平成14年(02)年度の実績をもとにスタートした交付金を毎
年1%ずつ減らします、病院収入の2%を削減します、さらには標準授業料を
値上げするので、交付金をその分減らしますと。改革の論議はどこかへ行って
しまい、足りないお金をどう穴埋めするかばかりです。

清水:法人化して1年たちましたが、現実はどうですか。

尾池:大学の自由度が増えたと行政サイドは強調していますが、あれはだめ、
これはだめ、と実際には自由がない。交付金も、これをやりたいと概算要求す
る仕組みは全く変わっていない。文部科学省がその気にならないと財務省へ持っ
ていってくれない。大学内のスクラップ・アンド・ビルドで工夫しなさい、と
いう話から始まり、人1人を増やすのも不可能に近い。

清水:「交付金は渡しきりのお金」と文科省は言っていました。

尾池:制度はその通りですが、大学は無駄遣いをしてきたという前提で交付金
を節減しているので、今までやっていた仕事をやめない限り自由度は増えない。

清水:国立大学の入試に変化は。

尾池:入試の方法は各大学が自分で決める時代に入った。京大では議論がかな
りやりやすくなった。どの大学も中期計画に入試改革を掲げており、数年後、
目に見えた変革が出てくるでしょう。

清水:経済界は法人化をどう見ますか。

尾池:大学の教員は1人として同じ研究をやっていない。いわば零細企業の大
団地。小さな会社の社長であり、考え方も違うが、法人化の仕組みをよく理解
し、そのうえで研究を続けている。教育改革にも熱心に取り組んでいる。

 変わらないのは職員の意識。長い歴史の官僚社会でたたき込まれた意識はな
かなか収まらない。公務員時代の名残がたくさんある。

清水:研究面での法人化の影響は。

尾池:法人化という外圧が加わった時こそ本領を発揮し、研究、教育の質を守
り、国際競争力をつけていきたい。非常に恐れた割には、京大の3千人の先生
たちはしっかり受け止め、法人化でダウンしたものは一つもない。学生も割合
平気な顔で受け止めている。

清水:教育に力を入れようという動きも目立ちます。

尾池:以前の京大の文書には「研究と教育に熱心」と書いてあった。「今は教
育と研究」と教育を先に持ってきている。

清水:会場から、法人化で大学間の格差が広がる恐れはないかという質問が出
ています。

尾池:格差拡大の仕組みは交付金の配分に明確に出ている。研究費はかつて一
律配分されたが、競争の要素が増え、集中投入で潤うところが出てきた。その
陰で予算削減を嘆く研究者がたくさんいます。

清水:日本の高等教育のためにこれだけは言いたいということは。

尾池:国民が一番求めているのは心豊かで安心できる社会。それをつくり上げ
るのも大学の役割です。やはり高等教育に資金を投入し、国公私立大学が連携
して国際競争力を高めるとともに授業料を下げることに充ててほしい。国立大
学の特徴は地方の社会、文化と結びついていることもある。それを守り育てる
ために国立はがんばらなければいけない。