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『朝日新聞』2005年2月23日付 科学欄 直言 スローサイエンスに活力を 理化学研究所 ユニットリーダー 丑田 公規(うしだ きみのり) スローフードという言葉がある。ファストフードに対する言葉で、ゆっくり 育った自然の材料をゆっくり調理した食物の方が、味わい深い上に栄養価も高 く、食生活を豊かにするという主張だ。同様に科学にもスローサイエンスがあ る。 科学研究は、アニメに登場する「○○博士」のような才能ある科学者がトン トンと答えを見つけ、研究予算と最新装置さえあればポンポン結果が出ると思 われているかも知れない。現実にはそんな「ファストサイエンス」ばかりでは ない。 昨年、研究所の同僚が新元素の発見を発表した。彼は20年以上ひとつのテー マに集中していた。世界中で彼しか知り得ない知識やノウハウを積み重ね、あ る日ある時、あの発見にたどり着いた。たくさんの裏方や仲間も彼を支えた。 スローサイエンスの典型である。 1人の研究者が定年までに割ける期間は40年程度。その間に数個の結果し か出せない研究もある。「芸術は長く、人生は短い」という格言通りだ。 スローサイエンスは時間も手間もかかり、長く曲がりくねった道をたどる。 結果も大事だが、いくつもの停滞と挫折を乗り越えて出会ったサイエンスの過 程と蓄積された経験は、後世に残り、この社会を豊かにするだろう。長年にわ たり、ひとつのテーマに集中できる機会と環境を与え、研究者の意欲を失わせ ない研究所のありかたも重要だ。 今、学術研究における評価制度の整備が叫ばれているが、このようなスロー な価値観をうまく採り入れないと、後世に大きな禍根を残すことになる。 スローサイエンスは決して怠惰の産物ではなく、遊びでもない。ファストと スローはお互いに支えあっていくのが理想である。 <筆者>専門は物理化学。研究を環境化学や化粧品開発に生かすのが目標。 |