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国立大学の授業料改定と予算

経済学研究科長 神野直彦


授業料改定は国民の意志で

 「災(わざわい)の年」とも呼ばれた昨年が終わりを告げようとした12月22
日、文部科学省高等教育局は突如として、東京大学を初めとする国立大学に一
片の「事務連絡」で、「平成17年度以降の授業料標準額」の改定を通知してき
た。こうした国立大学の授業料標準額の改定は、事前に何の説明もなかったど
ころか、それまでの国立大学や国民に対する説明に真っ向から対立するもので
ある。というのも、8月末にまとめられた文科省の概算要求では授業料改定を実
施しないことになっているからである。

 文科省は12月22日の「事務連絡」で授業料標準額を改定する理由を、「私立
大学の授業料等の水準など社会経済情勢等を総合的に勘案」した結果だと述べ
ている。しかし、そうした理由であれば、概算要求の時に改定を明示すべきで
ある。「社会経済情勢等」が概算要求時からわずか数ヶ月で変化したとは思わ
れないからである。

 しかも、文部省令で改定されるのは、標準額であって授業料そのものではな
い。授業料そのものは、法人化された各国立大学法人が決定するからである。

 しかし、標準額は各国立大学が授業料を設定する際の単なる基準ではない。
国民が国民の共同事業として運営している国立大学に、国民の共同負担として
の貴重な租税を、どの程度配分するかの基準にもなっている。

 したがって、標準額改定は国民の「共同の財布」である予算を、国民が国会
を通じて決定して初めて実現する。標準額を改定する文部省令、つまり「費用
省令」は国民の共同意志決定に従わなければならない。各国立大学法人も国立
大学が国民の共同事業である以上、国会の審議を見極め、国民の意志に従って
授業料を決定せざるをえないのである。


授業料改定と運営費交付金

 大雑把に表現すれば、法人化された国立大学の教育・研究活動に必要な経費
は、国の予算に計上され国民の共同負担である租税で賄われる運営費交付金と、
学生からの授業料とで支弁することになっている。もちろん、東京大学のよう
に附属病院が存在すれば、病院収入がこれに加わることになる。

 こうした収入によって賄われる国立大学法人の運営費に必要な支出は、文科
省の説明図に従って、平成17年度予算について説明すれば、次のように算定さ
れる。

 まず国立大学の教育・研究活動に充当される教育研究経費は、前年度予算額
に対して効率化係数が掛けられ、説明図にあるように97億円が減額される。つ
まり、国立大学は教育・研究の効率化を図り、97億円の節減を実現しなければ
ならない。もっとも、新規に認められた学部・研究科などの増額要因もあるた
め、平成17年度予算では前年度予算額に対して51億円減の1兆3336億円が、「教
育研究経費等」として算定されている。

 この教育研究経費に加えて、新しい教育研究ニーズを重点的に支援する「特
別教育研究経費」が前年度予算に対して45億円増にすぎない786億円、さらに退
職手当や大学移転費などの当然増経費ともいうべき「退職手当・特殊要因」が
前年度予算に対して78億円増にすぎない1383億円が計上されている。概算要求
では「特別教育研究経費」が982億円、「退職手当・特殊要因」が1478億円となっ
ていたので、いずれも概算査定で大幅に削減されたことになる。

 こうして算定された必要経費から、「授業料等」さらには「雑収入」を差し
引いて運営費交付金が決定されると考えてよい。しかし、運営費交付金はこう
した教育研究活動を対象とする部分と、附属病院を対象とする部分とに大きく
二分されている。

 病院診療関係相当分は病院関係経費と病院収入との収支差額を補填する。し
かし、その収支差額の算定は神業(かみわざ)に近い経営改善努力が前提となる。
というのも、前年度並みの経費支出で、病院収入を前年度の2%増加させる経営
改善が要求されるからである。

 平成17年度予算では説明図にあるように前年度予算に対して、19億円増の病
院関係経費で、経営改善分92億円を含め104億円の収入増加という離れ技を前提
にした収支差額499億円が、病院診療関係相当分の運営費交付金となる。

 病院診療関係相当分を除く運営費交付金は、前述のように「教育研究経費等」
に「特別教育研究経費」と「退職手当・特殊要因」を加えた額から、「授業料
等」と「雑収入」を加えた額を差し引いた額となる。したがって、授業料標準
額の改定を見込まなければ、運営費交付金は病院診療関係相当分で499億円、そ
れ以外で1兆1900億円で合計1兆2399億円に達する。

 このように授業料標準額の改定が実施されなければ、前年度予算よりもわず
か16億円減というほぼ前年度と同額の運営費交付金が国立大学に交付されたは
ずである。ところが、授業料標準額を改定して81億円の「授業料等」の増額を
見込むことによって、98億円に上る運営費交付金の削減を実現したのである。

説明図

説明図


国民の共同事業として

 授業料標準額の改定による81億円の収入増は、「退職手当・特殊要因」の78
億円増という当然増にほぼ匹敵する。退職手当は大学の法人化にともない政府
が責任をもって措置しなければならなかった経費である。

 しかも、運営費交付金は国立大学ばかりではなく、自然科学研究機構などの
共同利用機関にも配分されている。共同利用機関への運営費交付金は増額となっ
ており、国立大学への交付金減額は前述の98億円ではなく、実際には124億円に
も達している。

 さらに、国立大学は運営費交付金とともに、予算から施設設備費補助金の交
付を受けて教育研究活動を実施している。ところが、施設整備費補助金は対前
年度予算比で23.3%減の124億円も削減されるという異常な事態となっている。

 このように学生の教育研究環境を悪化させる条件のもとで、標準額改定が強
行されようとしている。しかも、唐突に私立大学との授業料格差の是正が口実
とされているけれども、主要な私立大学の文系大学院の授業料は45万円で、既
に国立大学の52万800円を大幅に下回っている。

 国立大学は国民の共同事業として運営されるが故に、国立大学なのである。
それ故に国立大学関係者は身の引き締まる思いで、国立大学の使命を果そうと
している。国立大学の教育研究の成果は、広く国民によって享受される。その
成果は、個々の学生に割り当て可能なわけではない。

 高等教育や科学技術の重要性が叫ばれる今日、国民が予算をどのような使途
に使うべきかを、真に選択できるように情報を開示すべきである。国民は授業
料という国民の負担を引き上げ、批判の多い他の事業に予算を回すために、国
立大学への予算を削減しろと主張しているのだろうか。