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『朝日新聞』2004年11月28日付 時時刻刻 混合診療 賛否入り乱れ 患者の選択は広がるのか。病院は変わるのか。保険診療と保険外診療を組み 合わせる「混合診療」の解禁を巡って、医師や患者の立場は一様ではない。日 本医師会は全国各地で総決起集会を開き、反対の声をあげるが、赤字脱却をに らむ大学病院は規制緩和を訴える。解禁で恩恵を期待するがん患者がいる一方 で、切り捨てを心配する難病の人もいる。それぞれ「患者のため」というが、 利害も絡み賛否は分かれたままだ。 キーワード 混合診療 保険証を使って3割を負担する診療(保険診療)と、美容整形など保険が利か なくて全額を負担する診療(保険外診療)を組み合わせたもの。健康保険法に より、原則禁止となっている。例えば入院患者が保険外の薬や治療を受けた場 合、本来は適用されるべき検査や入院費まで含めて全額自己負担となる。ただ し、安全性は確認されているものの、普及が進んでいない「高度先進医療」 (11月現在、88技術)と、金歯や差額ベッド代などの「選定療養」の二つの枠 組みに限って例外が認められている。 ◆医師会は反対 競争激化に危機感 ◆大学病院賛成 法人化で経営重視 27日、東京都文京区で開かれた「国民医療を守る東京大会」。日本医師会 (日医)の植松治雄会長は詰めかけた国会議員や医療関係者約1500人を前に 「混合診療は保険診療を小さく、保険外診療を大きくする。増える分を経済界 で取り込もうというもので、国民の幸せと健康を考えるという優しさに欠けた 改革だ」と声を張り上げた。 日医の政治団体、日本医師連盟は11月に入って国会に近い霞が関のビルの一 角に拠点を構え、与党議員に混合診療解禁反対を説くなど「ロビー活動」を本 格化させている。「7割近くは反対派」(幹部)になるまで浸透したという。さ らに、日医ほか35 団体でつくる国民医療推進協議会は全国で署名運動を展開。 26日までに、約600万人分の請願を国会に提出した。 反対派が予想する解禁後のシナリオはこうだ。 製薬会社は時間やコストがかかる新薬の保険適用申請を敬遠する。新しい治 療はいつまでも保険外診療のままで、医療進歩の恩恵を受けるのは富裕層のみ。 公的医療保険の給付範囲も次第に縮小していく−−。 だから、患者のためにならないという。 保険外の上乗せ料金の負担で患者の目が厳しくなれば、施設間の競争が激化 しかねないとの危機感も見え隠れする。 しかし、医療界は一枚岩ではない。東大、京大、阪大の三つの大学病院長は 22日、コストのかかる高度先進医療で保険のカバー範囲を超えた部分は患者に 負担してもらうことなどを求めた。 この種の医療では、厚生労働省が個別に承認したものに限って例外的に混合 診療が認められている。しかし、承認には時間がかかり、すべてが認められる わけではない。 法人化で経営を重視するようになった国立大学病院は赤字覚悟の治療は避け たい。 ◆現状は高額負担/切り捨て不安 −−患者も複雑 「欧米で当たり前に使われている薬が日本で使えない」 「癌と共に生きる会」会長で、島根県出雲市の佐藤均さん(56)は15日、混 合診療の解禁の旗振り役である規制改革・民間開放推進会議との会合で訴えた。 佐藤さんは3年前、大腸がんを手術。その後、肝臓に転移した。毎月4回上京、 抗がん剤治療を受けている。 しかし、時間の経過とともに効きが悪くなった。未承認の抗がん剤を使うか 悩んだ。 妻の励ましと、患者団体のトップとして医療を改善したいとの思いで、8月か ら使い始めた。 これまでの費用は飛行機代や差額ベッド代を含め、毎月約40万円。保険診療 には一定額以上は還付される高額療養費制度があるので、約10万円は戻ってき た。ところが、未承認薬を使い始めた後は、薬代30万円と、本来は保険が利く 検査費など60万円もすべて自費となった。毎月100万円以上の出費となった。 佐藤さんは「承認までの短期間に限って、混合診療を認めてほしい。そして 有効な薬は一刻も早く保険診療の対象にしてほしい」と訴える。 混合診療の解禁に不安な人たちもいる。 東京都稲城市の男性(56)もその一人。11年前、中枢神経が侵され筋肉が退 化する「多発性硬化症」という難病にかかった。視力が落ち、ひざに力が入ら ず階段の昇降もできなくなった。3年前にインターフェロンを使い始めてから再 発はなくなった。2 日に一回自分で注射する。月18万円という高価な薬だが、 保険が適用され、かつ難病患者への補助があるので、負担は毎月5700円ですむ。 混合診療の解禁後に高額な新薬が開発され、それに保険が適用されなかった らどうなるか。「『国の財布が持たない』と言われ、難病患者は切り捨てられ てしまう」 ◆厚労省側は「例外的容認」 原則解禁か、それとも例外的容認か。 15日の経済財政諮問会議。根拠の薄い保険外診療と保険診療の併用による混 乱を心配する尾辻厚労相の発言に、小泉首相は「一定の基準を満たした病院で あれば、防げるのではないか」と答えた。診療行為を特定せず医療機関単位で 実施を求めている「原則解禁」により近い発言だ。 これに対し、尾辻氏は翌日の会見で「医療の世界はポジティブ・リスト(原 則禁止、例外的に許可)のやり方しかない」と明言した。 厚労省側は、高度先進医療など「例外的容認」の形で混合診療を認めている 特定療養費制度の拡充で対応する考えだ。 |