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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Academia e-Network Letter No 207 (2004.11.12 Fri) http://letter.ac-net.org/04/11/12-207.php ━┫AcNet Letter 207 目次┣━━━━━━━━━ 2004.11.12 ━━━━ 【1】「首大非就任者」サイトより転載 『「崩壊」論文についての誤解を解く』 http://www.kubidai.com/modules/xfsection/article.php?articleid=19&com_id=37&com_rootid=37&#comment37 【2】中傷に心を痛めています/異質性という金脈 パリ第八大学心理学部 社会心理学科 助教授 小坂井敏晶 http://www.ac-net.org/appeal/8/i-iken.php#2004-11-03%2002:52:21 【3】記事の修正 No 196 (2004.10.18)にて都立大の危機FAQ より ━ AcNet Letter 207 【1】━━━━━━━━━━ 2004.11.12 ━━━━━━ 「首大非就任者」サイトより転載 『「崩壊」論文についての誤解を解く』 http://www.kubidai.com/modules/xfsection/article.php?articleid=19&com_id=37&com_rootid=37&#comment37 ────────────────────────────── #(編註:No 206の転載【1】および、この号の転載【1】は、著者 の承諾を得ていません。役所が大学改革の主体となることにより 学問が奇形にされてしまうことの悲惨な実例として、大学関係者 全員が記憶すべきものと思い転載いたしました。) ────────────────────────────── 「崩壊」論文についての誤解を解く 投稿者 人見剛、水林彪 2004.11.11 「都立大学法学部法律学科の崩壊」論文(以下「崩壊」論文と略す ことがある)について、その後、補足的なコメントをすることが 望ましいと思われる反応が、インターネット上で見られたので、 以下、この点について述べる。 1.事実経過 (1)「都立大学法学部法律学科の崩壊」論文について、「あるメトロポリタ ン人」なる方が、11月9日(火曜)13時23分に、Law School News のサイトの 「情報提供掲示板」欄に以下のような投稿(以下投稿aとよぶ)を行った (http://www.houkadaigakuin.com/x/archives/003877.html の[5])。 「東京都立大学法学部法律学科と首都大学東京のスタッフには、大幅な変 化があることがニュースになっていました http://www.kubidai.com/modules/xfsection/article.php?articleid=19」 (2)以上を受けて、Law School News のサイトは、2004年11月09日の記事の 「その他ニュース」に、次のような記事を掲載した (http://www.houkadaigakuin.com/、「首大非就任者の会」および「都立大学 法学部法律学科の崩壊」の文字が、首大非就任者会のサイトとその文章へのリ ンクになっている)。 「首大非就任者の会 都立大学法学部法律学科の崩壊という記事が掲載されています(情報提供 あるメトロポリタン人さんに感謝)」 (3)上記(1)の投稿aに対して、同日23時41分、匿名で、次のような投稿 (以下投稿bとよぶ)が、同じくLaw School Newsのサイトの「情報提供掲示板」 欄になされた(http://www.houkadaigakuin.com/x/archives/003877.htmlの[7])。 「>[5](2004年11月09日 23:41) その記事は、法科大学院教員に関して、重大な間違いのある、デマです。 ご注意。 http://www.bcomp.metro-u.ac.jp/law/ls/staff.html 正しくはこちら。」 (4)投稿bについては、現在のところ、Law School News サイトのトップペー ジに紹介されるニュースとしては、採用されていない。 (http://www.houkadaigakuin.com/) 2.コメント 以上の事実経過をふまえて、以下5点、コメントする。 [1]「あるメトロポリタン人」なる方の投稿は、私どもの全く関知しないとこ ろで行われた。 [2]都立大学法学部法律学科の崩壊」論文は、本文をお読みいただければ誰に でもおわかりいただけると思うが、都立大学法学部法律学科および首大都市 教養学部法律学コースについて論じたものであって、首大法科大学院に関し て論じたものではない。したがって、投稿aの文章は、必ずしも、「崩壊」 論文を厳密に要約したものであるとはいいがたい面がある。「東京都立大学 法学部法律学科と首都大学東京のスタッフには、大幅な変化がある」と述べ る投稿aの表現からは、「崩壊」論文が、「都立大学法学部法律学科」と 「首都大学東京」法学関係一般(法科大学院を含む)とを比較しているかの ようにも受け取れるからである。 [3]投稿bは、「その記事は、法科大学院教員に関して、重大な間違いのある、 デマです」と述べている。文中の「その記事」が、「あるメトロポリタン人」 の書いた文章をさすのか、それとも「崩壊」論文のことを指しているのか、 必ずしも判然としないが、「崩壊」論文のことを指しているとするならば、 「法科大学院教員に関して、重大な間違いのある、デマです」という非難は 全く当たらない。「崩壊」論文は首大法科大学院には一言も触れていないの だから。 [4]投稿bが、「法科大学院教員に関して」と限定を付したことは、逆から見 るならば、投稿bも、「崩壊」論文における首大都市教養学部法律コースに 関する記述は「重大な間違いのある、デマ」ではない、ということを認めて いると読むことができる。実際、「崩壊」論文は、首大サイトの都市教養学 部法律学コースに掲げられた情報を資料的根拠とするものであり、資料を恣 意的に操作したことは全くない。ちなみに、このコメントを公表する時点 (11月11 日)においても、首大サイトの掲げる首大法律コース教員リストは、 「崩壊」論文を公表した11月7日時点のものと同一である。 (http://www.tmu.ac.jp/faculty/urban_liberal/04.html)。 [5]投稿bは、首大法科大学院について、 http://www.bcomp.metro-u.ac.jp/law/ls/staff.htmlの参照を求めているが、 これは、首大法科大学院専任教員リストではなく、「授業担当予定者一覧」 であることに留意したい。ここには、首大法科大学院専任教員ばかりでなく、 少なからざる数の非常勤講師や首大法科大学院以外に本籍をおく政治学教員 (首大大学院社会科学研究科政治学専攻所属、 http://www.tmu.ac.jp/graduate/2005/02_04.html)が名を連ねている。念の ために付け加えておくが、「崩壊」論文が表示したのは、都立大学法学部法 律学科および首大都市教養学部法律コースの専任教員の比較対照表である。 ある教育機関の教育体制を第一次的に規定するのは、言うまでもなく、専任 教員であることを銘記しなければならない。 ━ AcNet Letter 207 【2】━━━━━━━━━━ 2004.11.12 ━━━━━━ 中傷に心を痛めています/異質性という金脈 パリ第八大学心理学部 社会心理学科 助教授 小坂井敏晶 http://www.ac-net.org/appeal/8/i-iken.php#2004-11-03%2002:52:21 ────────────────────────────── #(編註:香田さんを偲ぶメッセージ集:http://ac-net.org/appeal/8 に寄せられたメッセージです。許可を得て転載します。) 中傷に心を痛めています(フランス/パリ第八大学心理学部) 2004-11-03 02:52:21 kozakai[アットマーク]club-internet.fr #(編註:[アットマーク] を記号にかえてください。) 「相変わらず、中傷のメールやファクス・電話がなされる日本社会 に嫌気がさしています。私はすでに日本を離れ、二十年以上が経 ちますが、このような事件が起きる都度に、日本社会の歪んだ集 団主義に恐れを感じます。以前にイラクで三人の方が人質に取ら れた際に生じた、マスコミを含んだ、リンチのような中傷攻撃を 念頭に書いた小文を以下に挙げさせていただきます。もともとは、 ある新聞に依頼されて執筆したものですが、先方の求める趣旨と のズレのために、結局、ボツになった文章です。香田さんだけで なく、前回の三人の行動に関しても、それに賛成することと、自 分にとって異質な考えに対して寛容な態度を示すことは別だと思 います。 異質性という金脈 小坂井敏晶 ヨーロッパ統合が急速な勢いで進んでいる。不安と希望の渦巻く 中、欧州連合はすでに東欧を飲み込んだ。そして今やイスラム教 圏のトルコさえ射程内に入ってきた。アメリカ合衆国や日本への 対抗という戦略的意図だけでは、アイデンティティの危機を内包 する巨大な動きが民衆に受け入れられるはずがない。異質性を恐 れないヨーロッパに憧憬のまなざしを向けるのは私だけだろうか。 むろん、ヨーロッパと日本では歴史事情が違う。例えばフランス は実質上アメリカ合衆国に比すべき移民国であり、異質な人々を 長年にわたって受容してきた。過去一〇〇年間に出生したフラン ス人のうち、一八〇〇万人が第一・第二・第三世代の移民を親に 持つ、つまり、わずか数世代遡るだけで、現在のフランス人の三 割以上が外国出身者になる。ベレゴヴォア元首相の父はウクライ ナ移民だったし、次の大統領選最有力候補と噂される現職のサル コジ財務相はハンガリーからの移民二世だ。朝鮮や中国の出身者 に活躍の場が与えられない我が国とは雲泥の差がある。 日本において異質性許容度が低いのは外国人に対してだけではな い。イラクで人質になった三人が解放後に祖国で苛められるのを 知り、出る杭は打たれる日本社会に背筋の寒い想いをした在外邦 人は多かった。「正しいこと」の内容は時と場所によって異なる。 賛成できなくとも、少数派の生き方にもっと寛容になれないもの か。「正しい人」ばかりの社会を作りたいのか。ナチス・ドイツ、 ソ連、そして中国の文化大革命も「正しい世界」を作ろうとした 事実を忘れてはならない。 画一的で個性がないとは、日本人自身が繰り返し反省してきた自 己像だ。しかしそれは、よく言われるような主体性の欠如が原因 ではない。移り変わりが激しい流行も単に他人を模倣するのでは なく、本当に素敵だと感じるから自主的に取り入れているにちが いない。しかし、同じ「良いもの」に皆が引きつけられ、結局、 社会全体が均一化に向かってしまう。良いものの基準が社会的に 強く規定されているために、より良いものを求めようという本来 好ましいはずの向上心がかえって仇になる。だからこそ、問題が よけい厄介なのだ。日本社会というシステムを構成する各要素は 変化しても、システム自体の変容にはつながらない。より良い生 き方を目指そうとする時点ですでに、我々は誤った道を踏み出し ているのではないだろうか。 日本社会の国際化が叫ばれて久しい。しかしそれが他国の人々と の交流を通して良いところを学び、悪い部分は正すというような 話で終わってはつまらない。国際化の恩恵は、有益な情報の入手 などではなく、慣れ親しんだ世界観を見直す契機が与えられるこ とだと私は思う。真の国際化とは、異質な生き様への包容力を高 め、世界の多様性を受け留めることではないのか。正しいことな ど、本当はどこにもない。この事実が素直に受け入れられた時、 各自の個性を活かす世界が生まれてくる。対立や矛盾は否定的角 度だけから見てはならない。異質性がもたらす豊かさを信じよう。 少子化がまた話題に上っている。国連の分析によると、日本にお ける就労者と年金受給者の比率を二〇五〇年まで今の水準で維持 するためには、毎年一〇〇〇万人、合計で五億二〇〇〇万人の外 国人労働者を受け入れる必要があるという。その場合は日本総人 口の八七%が外国出身者によって占められるという途方もない予 測だ。むろん、このような単純な計算どおりに現実は進行しない。 しかし移民にまつわる問題は今後まちがいなく深刻さを増してゆ く。そのとき日本社会はどのような態度で異質性に立ち向かうの か。」 ────────────────────────────── #(編註:国連の分析の紹介にある数字が余りに大きいので間違い はないか照会しましたところ、ご返事を頂きました。 「間違いありません。この数字は、報告書が出たすぐに世界中で 話題になり、新聞紙上でもかなりの注目を浴びました。日本のサ イトでも見かけました。例えば、 http://www.nikko-fi.co.jp/column/k0007.htmlをご参照ください (なお、「国連 補充移民」というキーワードで検索すると、か なり出てきます)。ただし、この予測は、もし定年時期を遅くし たり、女性の労働率を高めたりせずに、扶養人口指数を今の状態 に保つならば、どれだけの移民が必要なるかという計算であり、 この通りに世界が移行するという意味ではありません。また、こ のような深刻な状態に陥るというのは日本だけに限らず、先進国 のほとんどに共通した問題です。」 関連する文献: 小坂井敏晶著「民族という虚構」東京大学出版会(206p)2002.10.10 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4130100890/ http://www.book-navi.com/book/syoseki/minzoku.html 第六章:開かれた共同体概念を求めて より 社会の老齢化がますます深刻になる先進国では、これから先どの ようにして労働人口、そして年金制度を維持してゆくかが大きな 問題になっている。2000年初めに検討された国連経済社会局人口 部の報告「補充移民 ― 人口の減少・高齢化に対する解決策と なるか」によると、今から2050年にかけて、日本における高齢者 人口に対する生産年齢人口の比率、つまり扶養人口指数が激減し、 現在の数値を維持するためにはこれから五十年間に合計五億二千 三百五十万人、一年当たりに換算して平均一千万人の外国人労働 者を諸外国から受け入れる必要があるという。その場合は、日本 の総人口は八億二千万人程度に膨れ上がり、その87%はこれから 流入する移民またはその子孫によって占められるという途方もな い予測になっている。(注1) 人口比にしてたかが一パーセントにも満たない在日朝鮮人に対し て、戦後五十年以上経っても十分な対応ができていない現状に鑑 みると、それをはるかに上回る数の外国人を毎年、それも数十年 の長きにわたって受け入れ続けることなど到底できるものではな い。いったいどのように対処していったらよいのか。 むろん、このような単純な計算に基づいた予測どおりに現実は進 行しないだろう。例えば女性の労働率を高めるとか、定年の年齢 を引き上げるとかで、かなりの補正が図られるには違いない。 (注2)しかし何らかの抜本的改革が施されない限り問題解決はお ぼつかないことも明らかだ。先進国のこのような内情に加えて、 第三世界諸国と先進国との間の貧富の差が是正される兆しのない 以上、将来にかけて移民問題は深刻さを増しさえすれ、緩和され ることは難しいだろう。 (注1):ちなみに、現在の総人口を維持するだけでも毎年平均34万 人、すなわち五十年間の合計で1700万人の外国人を受け入れなけれ なければならない。その場合の日本総人口に占める外国人(今まで にすでに居住している外国人は除き、新しく流入する外国人および その子孫のみを対象)の割合は17.7%に上るとみられている。また 現在の労働人口を維持するためには、毎年平均65万人の移民流入を 必要とし、これは五十年間合計で3200万人以上になる。そして2050 年には移民とその子孫が日本総人口に占める比率が30%に達する。 Population Division. Department of Economic and Social Affairs. United Nations Secretaria, "Replacement Migration: Is it A Solution to Declining and Ageing Populations?", ESA/P/WP.160, 21 March 2000, p.49-50. (注2) : 同報告書によると、もし外国人労働者の流入をまったく 認めないで扶養人口指数を今の水準に保とうとすると、2050年には 日本人は七十七才まで働き続ける必要がある。 #(編註:以下は「民族という虚構」の「メイキングオブ」である と池澤夏樹氏が紹介しているもの: 小坂井敏晶著「異邦人のまなざし―在パリ社会心理学者の遊学記」 現代書館 ISBN: 4768468543 ; (2003/05) 異郷に向かう人々 書評者名:池澤夏樹 初出:週刊文春「私の読書日記」 初出年月日:2003年6月19日 より http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4768468543 「小坂井敏晶はパリの大学で社会心理学を教えている。日本人が異 国の大学で、その国の言葉を用いて、教壇に立つ。日本で大学レベ ルの研究者・教師になった上で横滑りするのではなく、異国でゼロ から出発してこの地位に至る。欧米ではそう珍しいことではないは ずだが、日本人にとっては一つの達成ないし偉業と見える。 これがいかにして実現したか、またこれは本当に偉業なのか、 この興味深い経緯を小坂井自身が記したのが『異邦人のまなざし』 (現代書館 一八〇〇円+税)である。 この作者の本では『民族という虚構』を前にこの欄で紹介して いるが、これは彼の業績そのものだった。今回の本はいわばその メイキング・オブである。ただし手放しの成功譚ではない。ここ に至る一歩ずつを検証して、その意味を問い直す。これがけっこ う厳しくて、その点がおもしろかった。」) ━ AcNet Letter 207 【3】━━━━━━━━━━ 2004.11.12 ━━━━━━ 記事の修正 No 196 (2004.10.18)にて都立大の危機FAQ より 「Z-9 2004年10月14日に「近代経済学グループ」がCOEプログラムを返 上したというニュースを読んだんですが,どんな理由からこのよう な事態になったんですか?(2004.10.17)」 http://www.bcomp.metro-u.ac.jp/kiki-z.html#neg-coe-henjo を紹介しましたが、10/22付で修正版が掲載されていました。遅くなり ましたが修正個所を転載します。 ────────────────────────────── 『そして,「COEの返上」。これは,そう軽々しく使える言葉ではな い。恐ろしく大変なことなのだ。「COEの返上」というのは「浅は か」(=深く考えること無し)にできることではない。考えに考 えた挙げ句の行動だったのだ。リーダーの渡部氏の苦悩は察して あまりあるが,メンバーの一人である渡辺氏の東京都立大学経済 COE辞退までの経緯(http://www.nabenavi.net/kubi/kubi0.htm)を 読めば,そのあたりの事情が想像できる(10月22日訂正:「渡辺 氏」と「渡部氏」を混同していました。申し訳ありません)。』 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 編集発行人連絡先: admin@letter.ac-net.org 趣旨:http://ac-net.org/letter/ ログ:http://ac-net.org/letter/log.php #( )内は編集人コメント、「・・・・・」は編集時省略部分 登録:http://letter.ac-net.org/s.php 転送歓迎(転送時に:http://ac-net.org/letter 併記希望) |