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新首都圏ネットワーク


日経ネット関西版 2004年11月8日付

企業との関係(2)地場産業の後継者育成──中小ニーズ、講義に反映


 関西の公私立大学が地場産業の後継者育成支援に乗り出し始めた。少子化の
影響で受験生獲得競争が激化し、独立法人化した国立大が大企業との技術連携
の前に立ちはだかる中で、地盤沈下が続く地場中小製造業との連携に活路を見
いだそうとしている。地域経済を支え、伸ばしていく人材の供給に注力し、中
長期的に地元受験生の獲得を目指す。新たな地域密着化の動きが広がっている。

 「国立大は4月に独立法人化し、産業界のニーズを取り込み始めた。大阪府立
大の独法化は来年4月。研究設備や資金に勝る国立大に後れをとるのを防ぐには、
今の大学の枠を超える機動力が必要」(大阪府立大学・姫野洋司副学長)

 大阪府立大では7月、南努学長をはじめとする教職員が出資し、人材育成事業
に取り組む新会社「FUDAI」(大阪府堺市)を設立した。社長は元松下電
器産業ものづくり大学校長の川真田忠博氏。FUDAIは10月、地元中小製造
業の後継者候補に、経営者に必要な知識や戦略立案などを教える「ものづくり
後継者育成特修塾」を開講した。

 指導するのは府立大の教員や大手メーカーの技術者、銀行員、行政職員など。
資金調達やIT活用、海外戦略などの共通科目に加え、理系出身者に法律や会
計などの文系科目を、文系出身者に電気や製図などの理系科目を教える。大手
メーカーの工場視察や大学の研究室訪問なども実施。年100万円という講義料に
もかかわらず、府内の金属加工や機械部品製造、飲料製造などの企業から20―
40代の男女20人が集まった。

 府立大のある南大阪地域は中小製造工場が立ち並ぶ工業集積地。後継者の力
量不足による企業の衰退は地域経済の退廃に直結し、地域に根差す大学の衰退
も招きかねない。姫野副学長は「地域の活性化に貢献することが、長期的には
受験生の獲得につながる」と大学の狙いを話す。

 塾生の川瀬幸久さんは廃プラスチック再生を手掛ける川瀬産業(大阪府貝塚
市)の後継者候補。「今までは創業社長である父親のカンと経験だけでやって
これたが、次世代が事業を継承していくためには科学的な根拠が不可欠。大学
に深く入り込み、研究開発力を補強したい」と話す。中小企業にとって敷居の
高かった地元大学が、おらが町の研究所になろうとしている。

 「院生1人1人が引き継ぐ会社の技術・経営を専門家が分析。最適な第二創業
の手法を実践的に教えます」――。大阪産業大学は4月、地場企業経営者・後継
者の指導に力点を置いた大学院の新設コース「工学研究科アントレプレナー専
攻」を開設した。

 各大学が相次ぎ設ける技術経営(MOT)大学院と異なるのは、院生の立場
に応じた個別指導の仕組み。院生が継承する会社の現状と将来性について、学
内外から集めた素材、ロボット、ナノテクノロジー(超微細技術)、マーケティ
ング、特許などの専門教員陣が分析。事業の小幅修正で行くべきか、優位性の
ある技術や資産を活用して大胆な変革を目指すべきかの結論に導く。最終的に
は必要に応じて経営刷新、新事業の立ち上げまでを指導する。

 「大産大の起業家専攻の場合、技術や経営の一般論ばかりを教えても仕方な
い」(専攻主任の田中武雄教授)。18人の1期生の半数が社会人。その大半は大
阪府東大阪市、大東市など、大学周辺地域の中小企業経営者、後継者だ。「大
産大は全国から受験生を集める大学ではない。ここを巣立った人材に企業の業
績を伸ばしてもらい、彼らの子供たちにも受験してもらいたい」。これが大産
大の生き残り戦略と中山英明常務理事は強調する。

 阪南大学(大阪府松原市)はこれに先駆け、2002年に中小企業の経営者や後
継者を対象にしたビジネススクールを開講した。半年間、全30回の講義を通じ
て国際情勢や日本経済の見通しから公的支援メニューの活用方法までを教える。
「企業後継者を教育する機関が乏しい、という企業の悩みが大学に多く寄せら
れたことが設立の契機」と大槻真一学長は振り返る。

 「真の狙いは情報の好循環をつくり出すこと」(大槻学長)。ビジネススクー
ルに参加した経営者や後継者から事業環境の変化や経営上のニーズなどを直接
聞き、学部の講義内容にも反映する。講義を受けて卒業した受講者が経営者と
なり、「経営の上の壁に突き当たったときに、阪南大のビジネススクールに戻っ
てくるのが理想」と話す。

 すでにビジネススクールの講義を担当した教授陣が受講生の声を学部の講義
に取り入れ始めているという。関西の中小製造業の集積地の悩みに活路を見い
だした各大学。自らを地元企業のニーズに合わせて変革する姿勢が「実社会の
ニーズを反映しない」と言われ続けてきた日本の大学教育を変えようとしてい
る。 (大阪経済部 山本洋一)

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