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新首都圏ネットワーク


『東京新聞』2004年11月9日付

国立がんセンターも経営“重篤”
『国の大病院が…』驚く業者


 全国の八国立病院で昨年度、約三十三億円に上る医薬品購入費の未払いが発
覚したが、千葉県柏市の国立がんセンター東病院でも、清掃業者など委託業者
への支払いが、約四億円分滞っていることが分かった。同センター中央病院
(東京都中央区)でも、支払いが遅れたケースがあるという。同センターは
「国の政策医療を担う中核機関」(厚労省)。そこで、一体何が起きているの
か。 (大村歩)

■清掃代さえ払えない

 「これ以上(病院からの)未入金が続くと生活できなくなる」−。

 九月中旬、東病院内で働く女性清掃作業員が、雇い主のビルメンテナンス業
者にあてた報告書の一部だ。給料遅配の恐れが広がり、作業員らはストライキ
すら覚悟していたという。

 東病院の清掃業務委託については、今年三月の入札で、ある元請け業者が年
額約四千万円で落札。ビルメンテナンス業者はその下請けで、今年四月から業
務を始めていた。元請け業者は昨年度も受注しており、支払いは病院側から毎
月きちんとあったという。

 ところが、本年度は様相が一変した。四月から九月まで病院側から元請け業
者への支払いが滞り、そのしわ寄せは下請けに及んだ。ビルメンテナンス業者
は途中まで作業員に給与を支払っていたが、九月になり「病院が支払わないと、
給料が遅れる」と作業員らに伝達。このため、作業員らが病院の会計担当者を
突き上げた。問題の報告書はその経緯をつづったものだ。

 病院側は業者側に支払い延期を再三要請したが、九月下旬にやっと四月分が、
五、六月分は先月になってようやく支払われた。報告書の中で、作業員は「国
立の大病院が…」と驚きを隠さなかった。

 東病院は、全国で六施設八病院しかない厚労省直轄の国立高度専門医療セン
ター(ナショナルセンター、NC)の一つ。国の機関ゆえ、支払い延滞などあ
りえない、と作業員らが思っても不思議ではない。

■設備保守点検支払いも滞る

 ところが「その予算そのものが減ってしまったのだから払えない」と苦しそ
うに話すのは、同病院の庶務係長だ。実はこの清掃業者だけでなく、ボイラー
設備の保守点検、シーツの交換と洗浄など各委託業者への支払いも滞っている
のだという。確かに報告書では、九月に四月分を支払うことを約束した同病院
会計課の職員が「他企業では、九月分も未入金のままであるため例外だ」と作
業員に強調するくだりがある。

 国際医療福祉大学の大西正利助教授(病院経営)は「清掃により衛生的環境
を保つことは病院にとって当然の条件。それを実際に行う業者に金を支払えな
いというのは、異常事態だ。民間病院なら業者はすぐに契約を打ち切ってしま
うだろう」と懸念する。

 庶務係長によると、手術器具や薬品など医療に直接かかわる費用とは別に、
病院運営に必要な費用一切に使う「庁費」という予算が昨年度から約四億円減
り、ほぼそれに相当する額が支払い遅延などの問題を起こしているという。

■独法化のしわ寄せ

 同病院内で発行する院内誌でも、吉田茂昭院長は「東病院の(予算の)削減
率は他の施設に比べても激烈」「十数億円にも上る歳出減が求められ、考え得
る削減策ではとても対応困難」と窮状を訴えている。

 問題の根は浅くなさそうだ。というのも、「遅配」問題は東病院に限った話
ではないからだ。がんセンター中央病院でも、清掃委託業者との間でトラブル
が起きた。同病院は「支払い遅れではなく、契約交渉の遅れ」とするが、昨年
度から受注した業者が昨年九月から今年一月の間と、今年四月から七月までの
間、支払いを受けられなかった。

 国立病院を統括する厚労省国立病院課は「中央病院の事例は聞いていないが、
東病院については最近、報告を受けた。業者には大変迷惑なことだ。すぐに支
払いを指示した」としながらも、原因については「予算の削減というより、事
務処理の遅れだ」と強弁する。

 しかし、本当にそうなのか。実は、最大の理由は国立病院の独立行政法人化
の流れにある。この点を国立病院の看護師や事務職員でつくる全日本国立医療
労働組合(全医労)の幹部は、次のように解説する。

 国立病院、国立療養所、NC(全国で計百七十五施設)の予算決算は従来、
「国立病院特別会計」で扱われてきた。各病院で黒字、赤字の差がある。この
中で、診療報酬収入がない研究所を併設するNCは典型的な赤字病院だった。

 旧来のシステムでは、個別の病院の予算を細かく積算して、財務省に予算要
求する形ではなく、全体で各費目を要求していた。このため、病院間で予算を
融通でき、赤字病院を助ける形で運営してきた。

 だが、今年四月にシステムが変わった。黒字病院を含む国立病院、療養所は
赤字のNCを残し、すべて独立行政法人化。その結果、特別会計も「国立高度
専門医療センター特別会計」となり、従来の赤字補てんができなくなったのだ。

 その上、国立病院全体で返済していた過去に統廃合された国立病院の負債も、
新たな特別会計が一手に背負うことになった。従来の赤字体質に過大な返済ま
で押しつけられた構造的負担が、委託業者への支払い遅延の原因というのだ。

■『放漫経営』を指摘する声も

 もちろん、NCそのものの「放漫経営」体質を指摘する声もある。厚労省関
係者は「特別会計というどんぶり勘定でやってきて、業者ともなれ合いが定着
したNCがいきなりマントを脱がされ、北風に吹かれ始めた状態。“重体”に
陥るかもしれない」と指摘する。

 「これまでも赤字補てんの調整のため、厚労省が各病院に予算を回してくる
のは毎年秋ごろ。当然、現場のやり繰りは苦しかった。そのしわ寄せは業者へ。
逆にこれが業者とのなれ合いの温床にもなってきた」

 どういうことか。がんセンター中央病院でも、先の厚労省の贈収賄事件で、
元社長ら二人が有罪判決を受けた広告代理店「選択エージェンシー」に絡み、
こんな疑惑が浮上していた。

 同社は中央病院からも二〇〇一年度と〇二年度に「院内の案内パンフレット」
作成など、計九件約二千四百七十万円をすべて随意契約で受注した。ところが、
この中には異例な「人材派遣」も含まれていた。当時のがんセンター総長の秘
書だ。秘書は病院併設研究所の研究補助員だったが、選択エ社に形の上、派遣
社員として雇われ、秘書として派遣されていた。人事をスムーズに動かすため、
同社を利用した疑いがある。

 ただ、そうした「なれ合い」「どんぶり勘定」体質があるにせよ、独立行政
法人化によるあおりはそれにも増して大きい。厚労省の内部資料では「未払い
問題は極めて深刻」で、現在は「財政健全化期間」として徹底的なコスト削減
に取り組んでいるという。

 だが、それでしのげるのか。前出の全医労幹部は不安げにこうつぶやいた。

 「これで運営していけ、というのはどだい無理な話。国はNCをどうしたい
のか。私には分からない」