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新首都圏ネットワーク


 『朝日新聞』2004年9月25日付 私の視点 ウイークエンド

 天野 郁夫 国立大学財務・経営センター教授(教育社会学)

 ◆国立大学法人 経営の自由確保へ連帯を


 国立大学が法人化されて半年になる。国の組織から切り離され、予算と人事
を大学が自由に扱えることになった。しかし、移行期にあって、ほとんどの大
学が学内組織を動かすのに精いっぱいで、表立った変化は現れていない。

 予算の組み方自体も基本的に今年度は前年度と同じ枠組みを残しており、年
度末までは様子見の期間になるだろう。ただ、多くの大学で、学部や教員など
現場レベルに渡る教育研究の予算は減額されているようだ。法人化への移行に
伴う経費や、特定の活動につぎ込む活性化経費、予想外の出費に備える予備費
など、管理・運営する本部側の経費や留め置き分が増えているからである。

 いまは手探り状態で進んでいるが、年度末までの実際の予算の執行状態によっ
ては、従来通りの慣行で動いている現場の組織と、本部との間で摩擦が起き、
法人化の問題点が表面化してくる可能性がある。

 いずれにせよ、新しい枠組みの予算編成やその執行によって、変化が目に見
えて現れるのは05年度以降になるだろう。そして、その変化のもとで新しい大
学法人が順調に運営されていくかどうかは、発足1年間のスケジュールの間に、
新しい内部組織を動かしていく構成員の意識変革がどこまで進むかにかかって
いる。

 規制緩和が進み、認証評価制度も始まって、国と大学全体の関係は大きく変
わっている。とりわけ護送船団方式で国立大学を庇護してきた文部科学省との
関係は一変したはずである。ところが、国立大学、文科省ともに従来の意識を
変えられずにいる。

 これから大学側と文科省の間で重要になるのは「中間的な組織」の役割だ。

 法人化にあたってモデル視された英国では、大学と政府との間に多様な中間
的・媒介的な機関がある。それらは、政府が直接大学に介入するのを妨げる緩
衝材の役割や、大学側の要望の受け皿としての機能もある。わが国の場合、国
立大学法人評価委員会、大学評価・学位授与機構、国立大学財務・経営センター
などがその役割を期待されるが、重要性を文科省、国立大学の双方が十分に認
識しているとはいいがたい。

 こうした中間的組織が機能しなければ国立大学法人は文科省の顔色ばかりう
かがうことになりかねない。

 もう一つの重要な媒介的な組織は、国立大学協会だ。法人化された国立大学
は、これまで以上に予算を通じて文科省と個別に向き合うことになるが、それ
は個々の大学を超えた国立大学全体の意思や課題を、文科省に伝えて交渉する
必要性と、そのための「横の連帯感」の強化の重要性を意味する。

 国立大学協会は社団法人に衣替えして機能強化をはかっているが、新しい状
況のなかでどのような役割をはたしていくのかまだ見えていない。教職員の研
修システムの整備などいくつかの事案が具体化しているようだが、集団として
の大学自治を主張する場として積極的な役割をはたすべきだろう。

 法人化の目的は「教育研究の活性化」にあると言われてきた。そのために、
初めて国立大学に「経営の自由」が認められた。

 この1年の間に、文科省の認めた経営の自由が、本当にその名に値するものな
のか、また大学は経営の自由をどこまで使いこなす能力をもっているのかが明
らかになってくるだろう。

 法人化をめぐって危惧されてきた基礎研究と教育の軽視が杞憂にすぎないの
かどうか。経営の自由はそれを問われていることを忘れてはならない。