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新首都圏ネットワーク


 『文部科学教育通信』2004年9月13日号 No.107

「教育ななめ読み」 54 「国立復帰」案

 教育評論家 梨戸 茂史

 きっと見過ごした方が多いと思います。八月五日付けの読売新聞の記事。タ
イトルは「国立公文書館 国機関復帰を」とあり、内閣府の独立行政法人評価
委員会が二〇〇一年四月に独立行政法人になった国立公文書館を国の付属機関
に戻すよう求める方針を決めたとのこと。

 理由は、同館の業務が独法化で支障が生じていること、以前の形態の方が効
率的、公文書のデータ・ベース化など独法の範疇を超えているとの指摘だ。仮
に国の機関に戻ったら「初」のケースとなる。何でもかんでも「法人化」すれ
ばいいってものじゃあない見本、いわば失敗例でしょうね。

 これから考えると「国立」大学が国の機関に戻るのは簡単だ。法人化で支障
が生じれば良い。多分、効率化で予算が大幅に減少するとか、産学連携で収入
アップを計画したが成果は出なかったとか、要すれば「失敗」。でも、難しい
のですね。法人化して一度「自由」を手に入れたらもう元に戻るのは難しい。
週休二日になったらまた一日の休日しかない世界に誰が戻りましょうや。

 予算にしても、困難な状況にそこそこ対応して立ち向かってしまう大学人。
何とか解決方法を見つけ、それがたとえ学費値上げでも、対応してしまう悲し
い性(さが)があるのです。

 もうひとつの手は「破綻」することでしょう。銀行経営が破綻したら国が資
金をつぎ込む行政ですから。そうしたら大学も(多分)「国有化」してくれま
す。欠点は「一時的」国有化。もし、完全に「破綻」してどうにも立ち直りは
無理だとなったときは、破産して清算、結局何もなくなる最悪パターンもあり
うるので危険な賭けではあります?

 法人化をきっかけとして、東大のように資金の独自運用やつなぎ研究費を支
給する「銀行」を営業?したり、東工大の例だが付属高校からの「内部進学」
制度をつくったり着々と自由化、独自路線を進めて後戻りはできない大学が出
現している。

 一部有力大学はたとえ学費が二倍でも学生は集まりましょう。極端に言えば
私学化も可能だ。他方、

 地方の弱小大学は存続が困難となり、どうしてもそこに大学がほしいという
県など地方公共団体からの補助金を得て、新たな「公立」大学として生きてい
く道しかない。

 しかし、公立大学への道も地方の財政難が行く手をはばんでいる。結局、こ
の流れは現在の国立(法人化)大学の二分化。新たな「私立」大学が良い大学
だという方向に向かうのでしょうか。これは米国流の大学政策。一流大学への
入学は、将来は自分のために返ってくる投資なのだから学資が高くても良い、
一方地方の大学は学部レベルの教育を中心のリベラル・アーツ大学に特化し、
さらに学びたい優秀な学生は奨学金や銀行借入などで専門職大学院や博士課程
の大学院に進むという構図。

 しかし、大学の理想像をアメリカに求めるのは正しいのだろうか。

 大学の歴史がなかった米国ではヨーロッパに追いつくために、すぐに活躍で
きたり役立つ専門の知識を持った人材が必要だったことから大学がつくられて
いった。

 一方、明治以来欧米の考え方を取り入れてきた日本の各種制度の中で、ヨー
ロッパの大学制度を取り入れてきたわが国の高等教育は、この百数十年の間に
その伝統に基づいた独自の「大学文化」を培ってきたのではないだろうか。

 それは結局、大学とは学問をするところだということだ。研究者の自然発生
的な興味と関心に基づいた研究の場が大学だったのではないか。すぐには役立
たない基礎研究の予算を税金の形で国民から集め、国民の財産としての学問を
行う場を今も維持しているヨーロッパの大学制度こそ、本来の日本の大学のあ
るべき姿のように思える。

 かくて「国立」復帰を真剣に考えるなら、みなさんあまりに張り切って対応
しすぎないよう気をつけましょう。でも、これではあまり感心しないサボリの
勧めになってしまう。とんだ「真夏の夜の夢」ですね。